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    戦没者慰霊は国民国家の宗教である

    • 2012.07.31 Tuesday
    • 22:03
     国民国家の宗教
    Seibun Satow
    Aug, 01. 2012

    「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」。
    寺山修司

     戦没者慰霊は国民国家の宗教である。国民国家体制では、時代や国によって解釈の違いが見られるものの、政教分離が採用されている。前近代において政治と宗教は関連している。邪馬台国の女王の卑弥呼はシャーマンだったと思われているし、平安時代、宮中では仏事が毎日のように執り行われている。国民国家において、祭りごとは政からと区別され、神政政治は否定される。それに代わる世俗主義が政治と宗教の適切な関係と認められる。権利の中で世界中の現行の憲法が最も採り入れているのが信教の自由である。公私は区別され、内面の自由は保障される。けれども、その世俗主義の宗教が英霊の追悼である。

     国民国家は国民によって統合された国家であるが、その「国民」に関する理解は時代と共に変遷している。フランス革命期には、それは言語共同体であったけれども、現代では素朴すぎて通じない。儀礼の変更は社会の変化を人々に体感させる。国家は、「国民」という共通意識を形成するために、そうしたさまざまな装置を用意している。

     国民国家と宗教勢力が自らの利益のためにお互いを利用することはしばしば見られる。ドイツではクリスマスを家族だけで祝うが、これは近代以降に確立した習慣である。近代的な市民社会の秩序には道徳的な市民形成が不可欠であり、それには家族を中核とする家庭教育が効果的である。キリスト教会は神聖家族、すなわちヨセフ=マリア=イエスの理想を市民に理解させる好機と近代の到来を捉え、働きかけている。

     しかし、国民国家の宗教はこうした政教癒着ではない。国民国家はその支配圏内において至高の存在である。それは死後の世界にまで及ぼうとする。人間における死は二種類ある。自分の死と他者の死である。近代人にとって死は前者であるが、国民意識に利用されるのは後者である。

     国民国家において軍事は戦士身分や傭兵が担当しているわけではない。軍隊は国民によって編成された常備軍である。国民の戦争が国民国家体制の戦争である。国民軍のない近代以前、対外戦争の戦死者全般が共同体の慰霊対象には位置づけられていない。元寇や朝鮮出兵に従軍した武士を当時の権力が英霊とした記録はない。その頃の戦は国民の戦争ではないからだ。

     なお、国民国家の宗教における戦死者は対外戦争の従軍兵に限らない。革命や独立など国民国家体制を確立するための戦争も含まれる。

     死者は死後の世界にいる。既存の宗教では、そこは天国と地獄などの善悪の対立構図によって秩序立てられている。英霊はその差異を超える。けれども、戦没者は国家の大義のために殉じたとして他の死者と区別される。兵士がいかなる理由で死を受け入れたのか、無念のまま亡くなったのかは国家は問わない。さまざまな死があるのに、それが一つの国民国家の神話に編集されてしまう。前近代では死者の扱いを決めるのは、十字軍が最たる例であるけれども、あくまで宗教であって、国家ではない。

     英霊は一般の死者と別の死後の共同体にいる。死後の世界を国民国家がそうやって支配する。慰霊を通じて彼らは国民国家の共通の記憶として認識される。その上で、死後の世界によって国民国家は自らの大義を正当化する。戦没者慰霊を通じて国民国家は自身を支配圏内で超越的存在と国民に刷りこむ。

     戦没者追悼が国民国家の宗教として定着したのは、第一次世界大戦からである。それは人類の経験した最初の総力戦であり、もはや戦争は英雄物語ではない。動員された無名兵士たちが過酷な状況で命を落とし、心や体に傷を負う。儀礼はコミュニケーションの場でもある。慰霊を通じて、戦死者は今に語りかける。その無名戦士は誰もが知っている息子であり、兄弟であり、恋人であり、友人であるかのように生者に感じられる。敗戦国においてもこうした追悼が行われる。確かに、勝利を得ることはできなかったけれども、彼らは国家の大義のために犠牲になったのだとされる。戦没者追悼の儀礼によって死者も生者も共に同じ国民であることを確認する。

     第二次世界大戦以後は事情が複雑になる。戦間期、議会制民主主義が標準化し、参政権の拡大や(日本などを例外とする)国民主権の定着、侵略戦争が禁止される。こうした民主化の進展の一方で、代議制を否定する全体主義も出現する。国際的に正当化するのが困難である戦争の勃発にも世論の動向がかかわってくる。この場合、戦没者は、国家の大義への殉死と言うよりも、戦争責任と向き合いつつ、愚かな指導者や不幸な時代の犠牲者として位置づけられる。この認識は第二次世界大戦からベトナム戦争やアフガニスタン戦争を経て現在に至るまで続いている。

     ただし、20世紀以降の戦争の死者は軍人だけではない。第二次世界大戦の犠牲者は全世界で約6000万人と推定されているが、そのうち4500万人が民間人である。兵士よりも市民の死者の方が多い。批評家佐藤清文の祖父のような職業軍人が生き残り、生後間もない赤ん坊が命を落とす。そんなことが起きている。総力戦の経験後、軍人と民間人の犠牲者を区別することはできない。

     国民国家において戦争による死者を忘れることは許されない。死者にとって大切なのは生者が自分を覚えていることである。けれども、その記憶は次第に薄れていく。忘却は生者の精神の健康にとってはやむを得ない。しかし、戦没者の場合は違う。生者は、知遇でなくても、忘れてはならない。内面の自由を保障する国民国家の戦争はここまで人間の心理に立ち入る。

     そうした戦没者の追悼施設は、国民国家において、最も神聖な場所である。聖地として超越的であるために、既存の宗教色を抜いていなければならない。国民国家は神の死と共に出現している。その施設での儀礼を執り行えるのは国民国家の宗教の聖職者、すなわち政治家である。

     8月は、日本において、戦争を考える季節である。それは国民国家体制の暗黙の前提を吟味する本質的な問いかけをも含んでいる。その考察はこれからの社会のありようにもつながる。
    〈了〉
    参照文献
    子安増生編著、『心が生きる教育に向かって─幸福感を紡ぐ教育学と心理学』、ナカニシヤ出版、2009年

    日本のエコロジー運動に必要なのは「政党」である 佐藤清文 グリーンアクティブとみどりの未来

    • 2012.03.24 Saturday
    • 22:30

    エコロジー政党の意義

    Seibun Satow

    Mar, 24. 2012

     

    「中沢の『イコノソフィア』はけっこうおもしろい本でしたが、彼は強い相互作用、弱い相互作用について全然とんちんかんなことを言ってるんです。トイレで連れションしながら、『お前さんなあ、あれ、もしかして外国語にするときは気ィつけよ。日本やったらまあいいけど、あれはほんまはこういう意味よ』『あ、そしたら、ぼく、あれまったくの嘘書いてますね』『そうや、まったく嘘よ。そやけど、ものすごうおもしろかったよ、あの本』『あ、そうすか、そんならええですね』」。

    森毅『中沢新一と浅田彰の場合』

     

     脱原発の国内世論の声は依然として大きい。各地で脱原発運動が活発だ。ところが、二大政党はその動きに連動する気がない。そのため、脱原発を軸としたエコロジー運動を全国規模で組織化する新たな政党創設の機運が高まっている。

     

     何しろ、今の松下政経塾内閣の原発をめぐる対応は話にならない。現首相は、原発の再稼働に関して、地元の了承を得た上で、政治判断すると表明している。しかし、これはアナクロニズムでしかない。フクシマから明らかなように、原発事故に領域性はない。場合によっては、地球規模に被害が拡散する。国際環境法におおいて、原発は、宇宙開発と並んで、高度危険活動に含まれている。科学的根拠に基づく予見性が難しいと同時に、一度事故が発生した時の損害が甚大であるため、「無過失責任」が原則である。予見できたかどうかではなく、事故が起きたという事実によって責任が問われる。現政府がこうした認識を持っているとは到底思えない。

     

     まず、環境問題におけるエコロジー政党と個々の運動の関係について確認しておこう。政党と運動は相互補完的関係がある。

     

     環境問題における市民の組織化は各種の環境運動の形成から始まる。その地域で直面する身近な課題への異議申し立てである。地域コミュニティ内の活動や自然発生的なデモ、NPOもあれば、中には、参加型民主主義の実践として、地方議会に議席を有している運動体もある。具体的で、多様である反面、それらの運動が全国組織へと統合するのは困難が伴う。

     

     こういった運動が連合した場合、分権的になるため、合成の誤謬問題に気をつける必要がある。各構成要素に自由裁量が認められるので、自分たちの正しさを優先させて活動しがちになる。その結果、組織体や他の構成要素の評判や利益を損ねてしまう。また、組織体もしくは他の構成要素の好評にタダ乗りして、自分たちは努力を怠るケースも生じる。寄せ集めの連合体では各構成要素の相互調整のコストが非常に高くつく。管理会計の世界では、その際、管理可能性に代えて情報有用性の考えを導入する。けれども、政治の組織体は利得が結合原理ではないので、そうはいかない。

     

     ここで重要な役割を果たすのが政党である。政党は住民ではなく、「市民」に訴えることで、各運動を統合し、全国展開する。この組織化の原動力は国政における意思決定への参加である。エコロジー政党は議会への関与を強めて、それを実現する。選挙運動を行い、議会に代表を送りこむには、組織力と資金力が必要だ。

     

     有権者は輪郭のはっきりしない組織体への投票に積極的ではない。国政選挙は、日本では、3年以内に実施される。支持政党が明確ではない無党派層は、できる限り情報コストを節約して、自分の一票が政治を変えられるかもしれないと判断した時、積極的な投票行動をとる。無党派層は組織票ではないので、行動を促すには、現状打破の強いメッセージ・アピールが不可欠である。組織体の輪郭が曖昧では、有権者は戸惑いを覚える。

     

     また、政党であれば、所属する政治家もしくは党自体が失望するような活動を行った場合、有権者は投票行動で彼らに責任をとらせることができる。無党派を標榜する無所属の首長が失策を続けた挙げ句、任期途中で辞職した場合、その人物に対する怒りを有権者は表明する手立てがない。

     

     2012213日、中沢新一・宮台真司・いとうせいこうを中心とした「グリーンアクティブ」が正式に発足する。けれども、彼らは自らを政党ではないと主張している。環境問題に取り組むさまざまな団体や運動、個人を結びつける「ゆるやかな連合体」である。

     

     グリーンアクティブは議会選挙に取り組むことも表明している。正直、この組織体の成功の可否は国政選挙の結果にかかわっている。既存の政治家たちは選挙実績によってその組織への対応が変わる。政治家は、選挙という民主的手続きを経ているから、自らの判断に付託と責任があると確信している。たんに落選したら、ただの人になってしまうことを恐れているだけではない。国政選挙ではなく、地方選挙で既成政党を脅かす結果を示せるなら、永田町の先生たちもすり寄ってくる。

     

     選挙もコミュニケーションであり、それには固有のリテラシーがある。技能も経験もなく、いきなり国政は難しい。しかも、衆議院の採用している小選挙区制は二大政党に有利で、なかなか第三勢力が登場しにくい。いわゆる手作り選挙でかりに一人当選しても、それだけでは国会内の活動は非常に限定されたものにとどまる。議会は数の世界である。どこかの会派に所属しなければ、質問の機会さえ与えられない。一人でも成果を上げるとすれば、鈴木宗男元議員のように、質問主意書を政府に連発する知識とタフさが要る。そこで、現実的対応として、グリーンアクティブは、総選挙の際、自分たちの理念に共鳴する現職・元職の候補者に「緑のシール」を配布することを計画している。しかし、これではグリーンアクティブの支持層が既成政党の草刈り場と化す危険性がある。

     

     昨年10月、グリーンアクティブは、60人程度の地方議員と市民による政治団体「みどりの未来」と友好関係を結んでいる。これこそ、先に述べたエコロジー政党の意義に合致している。

     

     ただ、みどりの未来は、今年の7月に、「緑の党」結成を目指している。そうなると、両者の関係はどうなるか不透明である。緑の党は小選挙区制中心の衆院選はきついので、13年に実施される参院選に10人以上の候補者擁立を目指している。今の知名度では集金力に限界があり、選挙運動費の前に供託金を用意するのも難しいだろう。知名度はあるが、選挙実績のないグリーンアクティブとは逆である。

     

     先に述べたエコロジー政党が必要な理由を踏まえた上で組織を結成する方が効果的である。しかも、新たな環境政党の行く手にいるのは既成政党だけではない。橋下徹大阪市長の「ボナパルティズム」とも戦わなければならない。彼も、既成政党批判をしつつ、脱原発を唱えている。318日、関電の株主総会で原発全廃を求める株主提案を行いたいと公言する。自治体によるこうした圧力は脱原発派から待ちずっと望まれてきたことである。

     

     ここで、ボナパルティズムについて説明しよう。

     

     フランスの第二共和政期、普通選挙制度の実現をめぐって政府・議会が抵抗し、政治が停滞してしまう。この混迷に既成政治家への国民の不満が高まる。ナポレオン・ボナパルトの甥ルイ・ナポレオンがこれを自分の政治的躍進のチャンスと捉える。1850年の選挙法改正により、すでに認められていた労働者階級の選挙権が剥奪される。大統領に就いていた彼は、議会への優越的立場を確保するため、この回復を掲げる。その際、ナポレオン・ボナパルト流の直接民衆に訴えかける手法をとっている。この圧倒的な人気を恐れた政府・議会は一転して民意に妥協的な姿勢を示し始める。彼らが緩和条件の検討に入った1851年末、ルイ・ナポレオンはクーデターを敢行、第二共和政を廃し、自らをナポレオン3世とする第二帝政を敷くと同時に、普通選挙制度の実施を布告する。

     

     カール・マルクスは、『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』において、この過程のメカニズムを鮮やかに解き明かしている。これを踏まえて、類似の構造をした権威主義的統治の確立を「ボナパルティズム(Bonapartisme)」と呼ぶ。ボナパルティズムは、代表する者と代表される者との関係が流動化した状況で、政治指導者が混迷打開を民衆に直接訴えて支持を獲得し、それを背景に議会を形骸化して、権威主義的な統治を行うことと定義できる。なお、日本のマスメディア上で使われる「ポピュリズム」の用法はまったくのでたらめで、実際には、この「ボナパルティズム」のことである。

     

     現在の日本政治の最大の課題の一つは市民の政治参加の組織化である。阪神・淡路大震災以降、市民による政治参加への意識が高まっている。戦後日本では自民党の一党優位が長期に続く。そのため、市民が積極的に政治に参加しようとする際の組織化が不十分である。せいぜい業界や団体、組合による動員にとどまる。

     

     組織化が未整備の結果、既成政党が市民社会を十分に代表しているとは言えないため、有権者と政党の間の不信感が増大する。しかも、政党助成制度への依存が増し、市民よりも国家の方を向く傾向が強まる。環境の変化に伴い、分け合うパイが減り、政党内部でも支持者間の利害対立も生まれる。こうした状況から場当たり的な人気の争奪が繰り広げ、意義ある政策論争ではなく、政局によって統治を競う事態に陥り、政党政治自体への世論の不満が充満してしまう。

     

     そこに、強いリーダーシップを売り物にした人物が登場し、仮想敵を攻撃して世間の不満に訴え、マスメディアを通じて個人的な人気を自らの政治勢力への投票に誘引して、強権的な支配を行う現象が見られる。こうした勢力は社会の組織化から無縁であり、国家に存在理由を見出す。権力を掌握すると、国家への献身を説き、政治に道徳を持ちこみ、それを確実にするための法的規制のインフレが生じる。

     

     市民社会の組織化が弱いと、有権者や政党、政治指導者はアイデンティティと統合を求めて国家との一体化を強める。他の国家に対して受動的に自分の国家が意識されるので、政党や政治指導者には支持者間の利害対立を外にそらすことができる。有権者には、国家を共通の基盤として、このリーダーを支持することが社会を変えているという意識を与えてくれる。社会を悪化させている敵に対峙する人物を支持することは自分をその側に置くことになる。このヒロイズムのため、自分にとって不利益になるにもかかわらず、賛同する。

     

     橋下徹大阪市長の登場と躍進はこうした分析から説明できる。まさにボナパルティズムである。現在の大阪市は民主政ではなく、帝政の状態にある。

     

     エコロジー政党はこのボナパルティズムと対峙することになる。環境政党と大阪のボナパルティズムの生まれてくる政治状況は共通している。それは市民社会の組織化の未整備である。前者がそれを整備していこうとするのに対し、後者はその浮遊状態を助長させる。そこが両者の違いだ。

     

     原発は、フクシマ以前から、住民間に亀裂をもたらしている。原発をめぐる政治には和が必要だ。対立を煽るボナパルティズムは実のある議論につながらない。橋下市長の株主提案は保有株の比率から見て通らないが、次期総選挙に有利に働く。脱原発も彼には口いい実であって、ちゃんと計算している。このボナパルティズムの伸長の原因に既成政党の頑迷さがある。それを反省せねばならない。

     

     新たな政治団体を始める際には、環境問題をめぐる市民社会の組織化という政治課題からいかなる組織体が適切なのかを考える必要がある。環境問題は、冒頭に原発事故の無過失責任で触れた通り、従来の発想からの転換が不可欠である。これからの市民社会の組織化には、この問題への対処が重要なファクターとして、影響を与えるだろう。エコロジーが新たな政界秩序を形成する。それを中心に見据える政党の意義は、今後、高まっていく。今の日本のエコロジー運動に必要なのは「政党」である。それを自覚した方がよい。しなやかに、かつしたたかに!

    〈了〉

    参照文献

    村瀬信也、『国際法論集』、信山社、2012

    森毅、『ゆきあたりばったり文学談義』、ハルキ文庫、1997

    カール・マルクス、『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』、植村邦彦訳、平凡社ライブラリー、2008

    グリーンアクティブ

    http://green-active.jp/

    緑の党・日本「みどりの未来」

    http://www.greens.gr.jp/


    がれき処理とコンテクスト

    • 2012.03.14 Wednesday
    • 20:31
     

    がれき処理とコンテクスト

    Seibun Satow

    Mar, 14. 2012

     

    「言葉が人間の表現であるように、文学は社会の表現である」。

    ルイ・ド・ボナルド『箴言とお考察』

     

     311に際して、「言葉」は壊れなかった、あるいは壊れたと口にする文学者が少なからずいる。しかし、それらには無内容なものも見受けられる。「言葉」を「私」と言い換えると、意味がすんなりと通るからだ。個々の名前は挙げないが、自己嫌悪と自己憐憫の言い訳になっている。みだりに「言葉」を口にする文学者には警戒せねばなるまい。

     

     言葉はそれだけで機能するわけではない。送り手と受け手の間のコンテクストの共有が不可欠である。それがあって、初めて、お互いに理解できる。意識しなくても、共有されている場合もあるが、そうでないことも少なくない。コンテクストを共有しようと、努力や工夫が要る。311はコンテクストを分かち合おうとする動きもあれば、そうでないことも見られる。大切なのはコンテクストであって、言葉自体ではない。

     

     社会におけるコンテクストの多様性・複雑性に向き合い、読み書きをするのが文学者なはずだが、それを必ずしもしていない。けれども、その原因は心の問題ではない。社会認識の問題だ。

     

     現首相は、2012311日、首相官邸で記者会見し、震災で生じたがれきの広域処理を推進するため、被災3県を除く都道府県に、昨年8月に成立した災害廃棄物処理特別措置法に基づき、文書で協力を要請する考えを表明する。「広域処理で国は一歩も二歩も前に出て行かなければならない。日本人の国民性が試されている」。

     

     広域がれき処理の問題は、建設性のない住民エゴとして報道されることが少なくない。また、その発端に、従来の原子力行政ならびに政府による今回の事故に関する情報の隠蔽があると反対住民の声も紹介される。しかし、被災地の住民とすれば、コンテクストが共有されていないとやりきれなくなる。

     

     ところが、2012229日付『朝日新聞岩手県版』の「復興に向けて 首長に聞く」の中で、伊達勝身岩泉町長ががれき処理について次のように述べている。

     

    「現地からは納得できないこと多い」

     被災した小本地区の移転先は、駅周辺を候補に用地交渉をしている。近くに三陸沿岸道のインターがあり、交通の要衝だ。

     昨年11月、用地買収に向けて価格設定をしようとしたが、国から待ったがかかった。沿岸道の用地買収に影響するという。県もバラバラに進めると混乱するという。そんな調整で2カ月遅れた。被災者には申し訳ない。

     現場からは納得できないことが多々ある。がれき処理もそうだ。あと2年で片付けるという政府の公約が危ぶまれているというが、無理して早く片付けなくてはいけないんだろうか。山にしておいて10年、20年かけて片付けた方が地元に金が落ち、雇用も発生する。

     もともと使ってない土地がいっぱいあり、処理されなくても困らないのに、税金を青天井に使って全国に運び出す必要がどこにあるのか。

     

     岩泉は海岸部が狭く、大半が山間部で占められている。そういう余裕あっての発言と受けとめられるかもしれない。

     

     実は、戸羽太陸前高田市長も、118月に、がれきを地元で再利用したいという意向を県に伝えている。このままではがれき処理に3年はかかり、将来の見通しが改善しない。陸前高田市内に新たな処理プラントを設置すれば、復興に必要な建築土木用の基礎の材料を生み出せると同時に、雇用創出も望める。

     

     青山貞一東京都市大学大学院教授と池田こみち環境総合研究所副所長は、118月に、がれき処理に関して被災地の防潮堤への活用を提言している。「燃やして埋める方式」は、エントロピー増大により、汚染を拡散させるだけで、本質的な解決につながらない。がれき処理を津波対策と関連させる方が効果的である。この処理方法は、ヨーロッパでも実績があり、日本の廃棄物処理法や沿岸法など現行法の範囲内で建設が可能で、費用対効果にも優れている。この方式は各地域のコンテクストも考慮できる。「福島県の場合には、遮断型として管理型処分場の上にコンクリートのフタを付ける。福島県内の海岸では、放射性物質を含む土砂、瓦礫が多くなるので、遮断型とすれば万全である」。

     

     これらはいずれも昨年夏の提案である。実際のところ、復興には防潮堤が一時も早く必要なのは明らかであり、その材料が要る。しかも、政府は、かねてより持続可能性社会に向けて、できる限り廃棄物を出さず、資源として再利用することを推進している。新たに調達するよりも、余っている資源を活用する政策を打ち出す方が賢明だろう。増税論議があるように、中央地方共に政府の財政状況も苦しい。現実的な選択肢なはずだ。しかし、広域で焼却処分する方向で進めてきている。

     

     がれきを建築土木の基礎として活用したいと考えている被災自治体は他にもあるだろう。がれきを処理しきれない自治体と必要としている自治体との間でマッチングをするのが県や国のはずだが、規制が阻んでいる。

     

     たとえば、がれきの処理というのは復興へ向けた最重要課題のひとつなわけですが、現行の処理場のキャパシティー(受け入れ能力)を考えれば、すべてのがれきが片付くまでに3年はかかると言われています。そこで、陸前高田市内にがれき処理専門のプラントを作れば、自分たちの判断で今の何倍ものスピードで処理ができると考え、そのことを県に相談したら、門前払いのような形で断られました。

     

     現行法に従うといろいろな手続きが必要になり、仮に許可が出ても建設までに2年はかかると言うんです。ただ、それは平時での話であって、今は緊急事態なんですね。こんな時にも手続きが一番大事なのかと。こちらも知り合いの代議士に相談をし、国会で質問をしてもらったのですが、当時の環境相も「確かに必要だ」と答弁してくれた。さぁ、これで進むかと思うと、まったく動かない。環境省は「県から聞いていない」と言い、県は「うちは伝えたけど国がウンと言わない」と言う。そんな無駄なやりとりを繰り返すうちに1カ月、2カ月が過ぎてしまう。ですから、どこが何をするかという基本的なことが、この国は全然決まっていないんですよ。

    (戸羽太陸前高田市長)

     

     加えて、広域がれき処理がすでに利権になっている。昨年113日に岩手のがれきが東京に到着する。処理事業分から発生する可燃性廃棄物の焼却はすべて東京臨海リサイクルパワーが請け負っている。これは東京電力の関連会社である。東京都の条件をクリアできる事業者はここの他にない。この事業に伴い、都は1億円、東京臨海リサイクルパワーは140億円ほどの利益を手にしている。政府の進めるこの政策は焼け太りを生み出している。こんな輩を見逃している首相こそ資質が「試されている」と反論されることだろう。

     

     もちろん、福島県産品に対する風評被害や避難民への人権を無視した差別が横行していることは確かである。まったく胸糞が悪くなる。しかし、がれき処理は、莫大なカネがかかわる点で、それとは異なっている。大型公共事業であり、かつ苦しい地元は潤わない。大金が動く話が聞こえたら、それで儲けようとしている奴がいると疑ってかかる必要がある。

     

     がれきの処理で被災地とそれ以外とで溝が大きくなるよりも、その有効利用を進めた方がはるかに建設的だ。実際、すでにアイデアは提案されている。

     

     がれき処理の問題に関する文学者の発言は、残念ながら、先に挙げた報道の論調を超えるものではない。個々の事象はそれに応じたコンテクストを持っている。その文脈への焦点の合わせ方に社会のありようが映し出される。それを認識もせず、規範論を振りかざし、「言葉」に没入することが文学者のすることではない。コンテクスト共に言葉の意味は進行していく。真の文学者ならそれを語る。

    〈了〉

    参照文献

    戸羽太、『被災地の本当の話をしよう』、ワニブックスPLUS新書、2011

    青山貞一=池田こみち、「三陸海岸 津波被災地 現地調査復興に向けての提案」、2011828

    http://eritokyo.jp/independent/aoyama-touhoku1011..html

    浅倉創、「東京都と東電子会社が被災地がれきビジネスで焼け太り 税金から都1億円、東電140億円」、My News Japan20111115

    http://www.mynewsjapan.com/reports/1507

    「被災地の本当の話を知るべし! 陸前高田市長が見た『規制』という名のバカの壁とは?」、『日刊サイゾー』、20118

    http://www.cyzo.com/2011/08/post_8323.html


     

    「フクシマ」の年の8月 1 佐藤清文

    • 2012.01.05 Thursday
    • 07:31
     

    1章 碑文論争

     広島市にある原爆死没者慰霊碑の石室前面に次のような文章が刻まれている。

     

     安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから

     

     この英訳は次の通りである。

     

     Let all the souls here rest in peace ; For we shall not repeat the evil.

     

     自身も被爆者の雑 賀忠義広島大学教授が英訳も含めてこれを撰文・揮毫している。それには、「この碑の前にぬかずく一人一人が過失の責任の一端をにない、犠牲者にわび、再び 過ちを繰返さぬように深く心に誓うことのみが、ただ一つの平和への道であり、犠牲者へのこよなき手向けとなる」という浜井信三広島市長の見解が汲み入れら れている。

     

     この碑文が決定したのは1952722日のことである。49年に広島平和記念都市建設法が公布されている。原爆死没者慰霊碑の除幕式が執り行われたのが、投下から7年後の5286日である。

     

     194586日からその日に至るまでの間に原子力をめぐる国際情勢は激変している。1945年、国連の原子力管理をアメリカ・イギリス・カナダが要請、翌年、原子力委員会が設置されたものの、米国の核の国際管理案をソ連が拒否、両国が対立する。この年の3月に、ウィンストン・チャーチルがアメリカのフルトンで「鉄のカーテン」演説を行い、モスクワの大使館に勤務するジョージ・ケナンが「長文電報」をワシントンに送る。473月、ハリー・S・トルーマン大統領はソ連の膨張政策を封じ込める「トルーマン・ドクトリン」を発表、稀代のコラムニストであるウォルター・リップマンはこの状況を「冷戦」と命名する。形而上学でしかありえなかった二項対立が世界を支配するという史上初の時代に突入している。

     

     19499月、合衆国政府はソ連の原爆保有を確認したと公表する。信頼感と外交手段が著しく制限され、鋭く敵対する両国がいずれも核兵器で対峙する情勢が始まる。核戦争の危険性が人々に意識されたそんなとき、506月、朝鮮戦争が勃発する。514月、トルーマン大統領は、戦局打開を目的に原爆使用の承認を要求するダグラス・マッカーサー国連軍司令官を解任、7月には停戦会談が国連で始まり、2年後の537月、休戦が実現する。

     

     この時期、核抑止論はまだ確立していないものの、史上3度目の核兵器の使用が現実味を増している。その上、核の拡散も進んでいる。5210月、イギリスが原爆保有、同年11月、アメリカが水爆実験に成功、翌年8月 にはソ連も続く。もし今度使われたら、報復合戦の末、人類が絶滅する。そのとき、加害者も被害者もない。しかも、そのきっかけはまったくのアクシデントか もしれない。人類の歴史の有限性が好むと好まざると核兵器が意識させる。核をめぐる競争激化と拡散が進む中で、原爆死没者慰霊碑が除幕されている。

     

     201169日にカタルーニャ文学賞の授賞式で、村上春樹は、先の碑文に触れ、次のように解釈している。

     

     素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそう いう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点 においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて 加害者でもあります。

     

     この文章をめぐっ て論争が繰り広げられたことはよく知られている。「過ち」は誰が犯したものなのかとか、原爆を投下したのは米国であるのに、その責任を明確にしていないと か、被爆者がなぜ自責の念を表明しなければならないのかとか、「繰り返させませぬから」の方が適切ではないのか等々の反論が、序幕の前から始まり、しばら く続いている。これらを踏まえて、広島市は碑文の趣旨を「碑文はすべての人びとが原爆犠牲者の冥福を祈り戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉 である。過去の悲しみに耐え憎しみを乗り越えて全人類の共存と繁栄を願い真の世界平和の実現を祈念するヒロシマの心がここに刻まれている」として1983年に日・英語で、2008年から8つの言語による説明板を設置しでいる。

     

     村上春樹の解釈は 必ずしも広島市の趣旨と同じではない。核の前ではすべての人が被害者であると同時に加害者である。この試験は最低限二点の見落としが認められる。一点は、 核が人類の歴史の有限性を認知させていることである。次回の使用では、人類が全滅するので、加害者も被害者舞いなくなる。もう一点は個別性である。いつも ながらの、東久邇宮稔彦首相の「一億総懺悔」を思わせる一緒くたが認められる。被爆しながらも、「ヒバクシャ」と一括りにされたくないと沈黙し続け、最近 になって危機感を覚え。発言・行動するようになった人も少なくない。三宅一生や張本勲の告白はマスメディアを通じても伝えられている。人それぞれが背負っ てきた原爆への思いに深く考えさせられる。こうした核時代の人間の条件と個別性に配慮しない文学者がいるとは驚きだ。

     

     この文章を日本語 のリテラシーから読み解くならば、広島市の説明文は妥当で、反論や村上春樹の解釈が的外れであることは明らかである。論争自身は、核兵器や公共性をめぐる 諸問題を意識し、考えるために、非常に有意義だったことは確かである。現代の民主国家において、公共の理念が多くの人々の参加した熟議の上で決まるのはあ るべき過程である。ただ、ネイティブ・スピーカーは自分だけでその用法が正しいかどうかを判断できるが、往々にして理由を説明できない。暗黙知を明示知に して考え直してみると、見当違いの議論をしていたと気づくこともあるだろう。碑文を日本語の曖昧さに毒されていると非難する人が時々いるが、それは母語の 姿を知らないだけである。そこで、英語と比較しつつ、日本語の背後にある発送から、この碑文を読解しよう。


    脱原発とパブリック・エンゲージメント 佐藤清文

    • 2011.12.19 Monday
    • 07:49
     

    エネルギーの民主化運動

    Seibun Satow

    Jul, 03. 2011

     

    「個人的な怒りの力で無関心を社会参加へ変えよう」。

    ステファン・エッセル(Séphan Hessel)『怒りなさい!(Indignez-Vous!)

     

    1章 脱原発時代の到来

     今や脱原発はエネルギーにおける民主化運動である。原発事業は政官財学報の利権のペンタゴンによって成長している。311以降、一般も広くそのからくりを知り、その社会性と倫理性に欠けた姿に驚き、呆れ、怒りを爆発させる。この体制は独占と呼ぶだけでは十分でない。独裁である。民主主義がそこにはない。

     

     彼らは原発の安全性へ疑問を投げかける専門家を迫害したにとどまらない。社会心理学者唖然とするほど集団的浅慮に囚われている。1990年、東北電力女川兼視力発電所建設所の阿部壽・菅野喜貞・千釜章が「仙台平野における貞観11年(869年)三陸津波の痕跡高の推定」を学術誌『地震243号に発表する。これは女川原発2号機の設置許可申請のために実施された調査の一環である。同1号機の建設申請の際には、史料を検討して想定される津波の高さを3.1mとしている。ただし、総合的な判断により、女川原発の敷地は高さ14.8mの位置に選定される。その後、古地震の調査法が進歩し、それをとり入れた2号機の調査では、数値が大幅に訂正される。想定される津波の高さは、実に、9.1mである。これを算出したのは反原発の立場の研究者ではなく、建設しようとしている当の東北電力の関係者である。ところが、東京電力はこの研究成果を無視する。2011311日、福島第一原発は津波の直撃を受け、レベル7の事故へと至っている。もっとも、女川原発がそうならなかったのはラッキーだっただけである。女川を襲った津波の高さは13mであったが、1mも地盤沈下したため、わずか80cmの差で直撃を免れている。

     

     なるほど、地域や国家に利益をもたらす企業や産業に対して批判を加えにくいというのは、何も日本の原発関連だけとは限らない。そういう組織と社会正義を実践しようとする人物との戦いは映画でよく見られる。スティーブン・スピルバーグ監督の出世作『JAWS』もそうした文脈から見ることができる。

     

     しかし、今、人々が感じているのは、エネルギー分野で、自分たちが井の中の蛙にすぎなかったという恥ずかしさである。311以後、マスメディアは堰を切ったように世界のエネルギー事情や国内の研究について報道し、それに接した人々は愕然とする。日本のエネルギー政策は惨めなまでにだらしない。各国の政府は脱原発のエネルギー政策に意欲的にとり組んでいる。一方、日本の専門家・起業家も代替エネルギーに関する挑戦的な研究・開発を続け、また地熱発電など分野によっては国内企業がすでに世界シェアの多くを持っているのに、それを生かしていない。多くの企業がエコ・エネルギー市場で世界と渡り合えるだけの潜在的力を有しながら、国の原発推進政策を忖度して、それを封印している。日本は、原発に依存しすぎていたために、世界のエネルギー政策の逃れからすっかりとり残されている。

     

     自然エネルギーを開発し、自給どころか、その輸出にとり組んでいる国も少なくない。いずれの国も、エネルギー資源を輸入に依存していると、電力供給が不安定になることを悩み、純国産とも言うべき自然エネルギーへとシフトしたものの、紆余曲折があったが、現在では軌道に乗り始めている。

     

     人口一人当たりの電力消費量が世界一なのは長らくアイスランドである。しかし、同国の発電の中心は水力と地熱であり、温室効果ガスの排出が多いわけではない。人口30万人の島国であるが、潜在的に先進国平の均的な消費量で600万人分が利用可能である。この豊富な発電力を背景に、同国は電気の輸出を行っている。それは莫大な電力を必要とするアルミニウム産業の誘致である。実は、アイスランドの人口一人当たりの電力消費量が高いのはこの工業の反映であり、電気の間接的な輸出の数値である。

     

     また、スコットランドはオークニー諸島に強烈な潮力と風力の資源を有している。欧州全体の25%が集中していると言われる。スコットランドのブルー・エネルギーは北海油田に匹敵する富の源泉である。同国は潮力や波力、風力を生かして国内需要の倍以上を発電し、それを他国に直接輸出しようと試みている。

     

     スペインは風力を始めとする自然エネルギー発電が主力である。天候をコンピュータで予測し、電力供給を制御している。不足に悩むどころか、すでに安定供給が達成されている。過剰分はフランスやポルトガルに輸出している。エコ・エネルギーの伸張のきっかけとなったのが左派の社会労働党政権が原発政策の見直しである。現在でも課題がないわけではないが、エネルギー問題を自分のこととして考え、官民上げてとり組むという民主主義の成熟をもたらしている。

     

     さらに、域内での戦争の危機が事実上なくなったEU諸国を中心に、201171日付『朝日新聞』の「電力の選択5」によると、欧州・地中海世界をまたぐ巨大な送電網構想が進められている。太陽光や太陽熱、風力、潮力、水力など各国がそれぞれの事情に応じた得意の自然エネルギーの発電を国境を越えて送電網でつなぎ、コンピュータで予測・制御して電気を行き交わせる。電力不足に陥りそうになったら、ノルウェーの水力発電、別名「ジャイアント・バッテリー」がそれを補う。エネルギーめぐって紛争が耐えなかった時代が遠くなりつつある。

     

     自然エネルギーに積極的なのは欧州だけではない。中国の風力発電設備容量は2010年末現在4200万キロワットに達し、世界一である。原発増設にばかり注意が向きがちだが、以前から中国は再生エネルギー開発に力を入れており、その成長は目覚しい。太陽光発電設備に関して、世界の半数を生産している。同国の風力発電だけで関西電力の層発電容量を上回る。今後もさらに増設される予定である。その関西電力は、2010310日、中国の有限事業組合である広西百色ドンスン水力発電所と風力発電会社、華能寿光風力発電有限公司から計49万トンの二酸化炭素排出権を購入すると発表している。

     

     日本は、資源に恵まれていないのだから、自給率を上げるためにも準国産資源である原子力発電を増設すべきだという意見は、たんに石油を前提していたにすぎない。むしろ、日本は自然エネルギーが豊富である。自然に恵まれていると自慢しながら、それを利用することも工夫せず、ただ眺めるだけである。四方を海に囲まれ、おまけに近海に強力な黒潮が流れている。河川や沼地も多く、火山活動も活発である。電力の最大の消費地である東京も決して捨てたものではない。東京の緯度はモロッコとほぼ同じで、夏は高温多湿で、冬は低音低湿である。公団住宅は、冬季でも晴天の日には南向きの部屋に14時間の日照があることが条件となっているが、これをクリアできる欧州の主要都市はない。年間を通して、比較にならないほど東京には日射量がある。しかも、代替エネルギーに関する各種の技術力も高い。発電だけでなく、さらなる省エネ・節電のテクノロジーも期待できる。決断さえすれば、秘めたるエコ・エネルギーの潜在能力が顕在化し、電力の効率的な使用法を発展し、世界を驚かせることも可能である。この有望市場への新規参入が相次ぎ、原発とは比較にならないほどの幅広い雇用が創出されるだろう。

     

    2章 今こそ民主主義を!

     渡部浩三民主党最高顧問は,2011530日付『朝日新聞』の連載記事「神話の陰に」において、「おれが政治の世界に入った頃にはもう原発は安全だ、日本は原発で高度成長していくんだというのは、賛成、反対以前の『国策』だったんだ」と吐露し、自らの追従姿勢を今や恥じている。国策は国家目標達成のためのインフラ等整備への保護政策を意味する。戦前、国策と共に成長したのが財閥である。民主主義の復活・強化の妨げになる財閥は解体され、意欲的な起業家が登場し、彼らが戦後日本の顔として世界を席巻する。ホンダやソニーはその一例である。脱原発はこの財閥解体に相当する。

     

     日本の原発は著しく閉鎖的な電力産業の体質と結びついている。戦時下に誕生し、戦後も存続したり、廃止された後に復活したりする制度法律、体系が数多く見られる。源泉徴収や終身雇用、一県一紙制など枚挙にいとまない。「四〇年ごろまでに試みられた制度や法律、体系が戦後になってかっちりとしたシステムになって枝葉を伸ばし、現在に至っている。これはセ昭和恐慌から平成までの大まかな流れだ」(森毅『いまにして思えば三〇年代が時代の転換期だった』)。電力事業もその一つである。

     

     19384月、第一次近衛文麿内閣が電力国家統制三法案、すなわち「電力管理法案」・「日本発送電株式会社法案」・「電力管理に伴う社債処理に関する法案」を公布する。電力管理法に基づき、国内のすべての電力施設を国家が接収し、日本発送電株式会社によって管理・運営させる。電力業界は、この国家管理の動きに、激しく反発する。中でも、「電力王」松永安左エ門東邦電力社長は軍部に追随する官僚を「人間のクズである」と罵倒している。しかし、軍部や政府からの圧力に抵抗しきれない。41年の配電統制令によって、配電も全国を北海道・東北・関東・中部・北陸・近畿・四国・中国・九州の九つの配電会社が行うようになる。大戦後、50年公布の電気事業再編成令と公益事業令により、515月、日本発送電の設備と配電会社の供給区域をほぼ引き継ぎ、九つの電力会社が誕生する。この体制が現在まで維持されている。

     

     日本の電力会社は発電・送電・配電をすべて独占している。先進国において、こうした形態は存在しない。発送電分離の意義はすでに一般にも知られている。ただ、見逃されているのが配電事業である。現在の電力会社の地域独占の区域は、戦時中の旧配電会社のそれを引き継いでいる。東京電力の原発が東北電力管内の福島や新潟に立地しているのも理解できるだろう。発電所から電気を送るのが送電、最後の変電所から家庭や事業所、工場などの末端に度解けるのが配電である。配電変電所から配電線で末端まで電気が運ばれるが、トランスから各家庭の取付金具までを特に引込線と呼ぶ。ここまで電力会社の財産である。引込線から家庭に入ってきた電線は電力量計、いわゆるメーターを通って分電盤へと届き、そこからそれぞれに配線される。このメーターは電力会社が使用量を検針する目的で設置している。消費者がメーターから自分で情報を得て節電に役立てることはできない。配電事業は、末端を管理するので、確実に利益を上げられる。配電事業の開放はその地域独占の根幹を揺るがす。

     

     電力会社にとって配電事業がいかに重要であるかは、沖縄電力がよく物語っている。沖縄電力は、542月に沖縄を統治するアメリカ民政府の一機関として発足した琉球電力公社を前身としている。配電事業は民間会社が担当している。725月、本土復帰後、同公社の業務を引き継ぎ、政府と沖縄県を出資者とする特殊法人が設立される。発送電業務を主体とする沖縄電力と配電業務を担う配電5社が併存している。配電事業は民間で十分に利益を出せ、それを組みこめなければ、電力公社の民営化が難しい。764月、前者が後者を吸収合併して発送配電の一貫体制を確立、8810月、民営化が実現している。

     

     こうした独占体制に、政府による厳しい監視・管理が必要とされる核が組みこまれると、それが癒着と利権の溜まり場になることは眼に見えている。政官財界は、日本学術会議が打ち立てた「公開・民主・自主」の原子力の平和利用三原則をないがしろにしろ、電力供給の手段であるはずの原発がそれ自体で目的化する。ブレーキのないダンプカーのごとく原発政策を推進していく。「原子力の平和利用」は「原子力の利権利用」へと変容する。それを象徴するのが熊谷太三郎である。この熊谷組の二代目社長は、627月、福井を地盤に自民党の参議院議員となり、科学技術庁長官と原子力委員会の委員を勤め、もんじゅの建設を猛烈に推進する。若狭湾沿岸に原発を誘致し、その建設で抽象ゼネコンの熊谷組は準大手に成長し、自身も北陸一の金持ちに成り上がる。この原発長者の尽力により、47都道府県の中で可住地面積41位の福井県に商用炉が国内最多の13基あり、若狭湾沿岸は「原発銀座」と呼ばれているほどだ。こんなうまい話をみすみす見逃す手はない。利権のペンタゴンは原発以外の選択肢をあれこれ言い訳をしてつぶしてきていく。それはエネルギー政策における民主主義の衰退の過程である。

     

     フクシマはこうした歴史の流れの中で起きている。このシビア・アクシデントはエネルギー政策における毛に主義体制の帰結である。にもかかわらず、政府や電力会社、政治家がそれを自覚していない。

     

     2011626日、軽罪産業省は、定期検査で停止中の九州電力玄海原子力発電所の2・3号機の再稼働をめぐり、佐賀市で県民7人を招いて説明の場を設け、地元ケーブルテレビ・インターネットで生中継する。出席者を選んだのは、国が委託した広告会社である。原子力安全・保安院の黒木慎一審議官らが電力各社に求めた緊急安全対策の概要などを説明し、それと県民との質疑応答を合わせて90分間が用意されている。質問は1回1分、回答は2分以内である。

     

     会場の周辺では、わずか7人を理由も曖昧なまま選んだことを始めとしれ、この説明甲斐が茶番であると多数の人々による抗議活動が展開される。それどころか、終了後に、広告会社があざとく選んだはずの参加者からも不満が噴出する有様である。にもかかわらず、古川康佐賀県知事は報道陣にこの説明会を評価するコメントを述べている。この元自治官僚は、27日、安全対策などに関する県民向け説明会を74日以降に数百人規模のホールで県が主催開催すると発表したものの、29日、海江田万里経済産業相との会談後、「安全性の確認はクリアできた」と話し、再開を容認する姿勢を示している。

     

     これがフクシマを招いた体質である。現代民主主義社会においてやってはいけないことのオンパレードである。彼らはコンセンサス形成のための熟議、すなわち民主主義的プロセスを儀式に変えてしまっている。ジョン・デューイは、『民主主義と教育』において、「民主主義とは、たんなる政府の形態ではない。一つの集団生活の形式であり、相互の経験を各員が共同に理解し合うような生活形式である」と言っているが、およそこの定義に合致しない。市民のパブリック・エンゲージメントがまったく考慮されていない。民主主義への逃げ腰の姿勢がフクシマを引き起こしたという認識が皆無である。

     

     今回の福島第一原発事故をめぐって、官邸や政府、東電による事故発生の際の記者会見等のクライシス・コミュニケーションの不備が市民から怒りを買っている。クライシス・コミュニケーションはコミュニケーションの階層構造の最上層に位置する。これは、デイリー・コミュニケーションが土台となる最下層として、その上にそれぞれサイエンス・コミュニケーション、リスク・コミュニケーション、クライシス・コミュニケーションという四層の階層で構成されている。専門家と市民の間でデイリー・コミュニケーションが行われ、信頼関係が構築されていなければ、クライシス・コミュニケーションは成立し得ない。

     

     この説明会はリスク・コミュニケーションの場である。専門家がリスクを率直に明示し、市民がそれを踏まえた上で、今後を考える。こういうリスクがこれだけの確率で想定されているかに触れず、安全性だけを訴えるのはPRというものだ。デイリー・コミュニケーションもサイエンス・コミュニケーションも普段はおろそかにしていて、当然、それがうまくいくはずがない。

     

     科学技術に関する専門家と市民のコミュニケーションで重要なのは、前者による後者への正確な情報の伝達でだけではない。市民は正確な情報を聞くのみならず、それに関して話し合うことを望んでいる。どんなに正しくても、専門家の話を聞いているだけでは嫌なのであって、自分たちにも言わせろというわけだ。市民は、横や双方向を含めた多様なコミュニケーションを通じて、抱いている不安や意見を相互に交感し、その情報の妥当性を吟味し、納得して判断した行動をしたい。626日の説明会はこれがまったく考慮されていない。市民にただただ不満が募っただけである。

     

     しかも、知事が再稼動の容認を発表した後に、県民に向けた説明会を再度実施するというのは、どう見ても、たんなる儀式でしかない。エネルギー政策について従来は人事として考えていたけれども、自分の問題として市民が議論しようとしているのに、その機会を奪うのは、民主主義を冒涜する行為だ。311以後、市民が意思決定の過程に参加し、同時に責任も負う時代を迎えていることを自覚している。エネルギー政策に関するパブリック・エンゲージメントを認めようとしないとすれば、それは311を人事と考えている証である。

     

     地震・津波・原発事故・風評被害に見舞われた福島県はもう決意している。2011627日、佐藤雄平福島県知事は県議会で、「原子力に依存しない社会を目指すべきだとの思いを強く持つに至った」と「脱原発」の姿勢を表明する。「県民は日々、放射線の不安にさいなまれ、子どもも安心して学校に通えないなど、原発の安全神話は根底から覆された」とし、「多くの県民が原子力依存から脱却すべきだという意見を持っていると考えている」と語っている。同県の有識者委員会も、6月15日、復興ビジョンに「原子力に依存しない、安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」を目指す「脱原発」の理念を盛り込む方針を決定している。

     

     脱原発を地域の活性化につながると考える知事も現われている。平井伸治鳥取県知事は、太陽光発電で2020年までに県内総生産150億円、雇用1100人を増やす目標を掲げている。また、嘉田由紀子滋賀県知事は、電力会社から購入していた電力の半分を地域エネルギーに転換すれば、1000億円の収入が地元企業に回せると国会議員に訴えている。脱原発は地方に活性化のための多くの選択肢、すなわち可能性を提示する。J・ブライスは「地方自治は民主主義の学校である」と言ったが、脱原発がその教材となっている。

     

     脱原発は今や日本の民主主義の試金石である。なしくずしの現状維持に未来はない。腹をくくれ!

    〈了〉

    参照文献

    菊池誠監、『電気のしくみ小事典』、講談社ブルーバックス、1993

    高橋和夫、『改訂版国際政治』、放送大学教育振興会、2004

    武田譲、『新訂バイオテクノロジーと社会』、放送大学教育振興会、2009

    森毅、『年をとるのが愉しくなる本』、ベスト新書、2004

    Séphan Hessel, “Indignez-Vous! “, European Schoolbooks Limited,2010

    47NWES

    http://www.47news.jp/


    JUGEMテーマ:原発

     

    評価:
    J. デューイ
    岩波書店
    ¥ 840
    (1975-06-16)
    コメント:ジョン・デューイは、『民主主義と教育』において、「民主主義とは、たんなる政府の形態ではない。一つの集団生活の形式であり、相互の経験を各員が共同に理解し合うような生活形式である」と言っている 佐藤清文

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