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    愛国の嵐

    • 2012.08.23 Thursday
    • 06:06
     

    愛国と社会の組織化

    Seibun Satow

    Aug, 21. 2012

     

    「彼らは自らを代表することができず、代表されなければならない」。

    カール・マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日』

     

     19世紀後半、西欧で愛国の嵐が吹き荒れる。政治参加の拡大に伴い、既成政党が新選挙民をとりこもうと試みる。しかし、彼らは従来の支援者と利害対立している。一例を挙げると、資本家階級と労働者階級は階級闘争している。そこで、政党のリーダーは国外に仮想敵を想定し、国民の愛国心を煽り立てる。「われわれは脅威にさらされている。いがみ合っている場合ではない。一致団結してあいつらを追い払わねばならない」。好都合にも、外国人は有権者ではないので、いくら攻撃しても対立勢力に投票することもない。

     

     この手法は市民社会の組織化がまだ十分ではない状況で効果を発揮する。いくら政治家が愛国を訴えても、国民にそれを受けとめる環境がなければ、相手にされない。政治における代表する者と代表される者との関係が浮動しているので、政治家も国民も国家との結びつきを強める。例えば、労働組合が整備され、それを支持母体とする政党が登場して、議会選挙に臨む態勢が確立していれば、労働者階級は意思反映を国家に直結することはしない。しかし、そうした状態がないなら、本来利害が衝突するはずの保守主義者が愛国心に訴えて労働者層の支持をとりつけることもできる。英国のベンジャミン・ディズレーリはまさにこの手法、すなわち「ジンゴイズム(Jingoism)」で低所得者層から圧倒的な支持を獲得している。

     

     西欧各国でこうした愛国政治や軍事化が展開されたが、それは外交を危うい状態にしてしまう。19世紀の欧州では力の均衡が外交理論として共有されている。同盟を柔軟に組み替えて各国の力の均衡を維持し、欧州全体を巻きこむような大戦争を防ぐ。それを保つためには、小さな戦争も外交手段に含まれる。この共通理解の下で各国が外交を繰り広げ、ナポレオン戦争以来、欧州では大規模戦争が起きていない。ところが、このルールが19世紀末に崩れる。

     

     外国を仮想敵にして民意の支持を得て権力を掌握したので、政権は対外強硬姿勢をとり続けなければならない。ちょっとでも妥協すれば、弱腰と世論から糾弾される。そのため、各国政府はさして重要でもない外交課題でさえ引くに引けなくなり、挙げ句、力の均衡と関係のない戦争にまで至ってしまう。領土や権益は国際関係の問題であるけれども、相互の社会の対立に発展する。欧州全体を巻きこむ第一次世界大戦はこうした背景の下で起きている。

     

     現在、日中韓の間で領土問題をめぐり愛国が熱くなっている。それぞれ事情は異なる。竹島については李明博韓国大統領の挑発行為、尖閣諸島をめぐっては中国の反体制派による魚釣島への上陸が今回の直接的な発端である。前者がジンゴイズムであるのに対し、後者は中国当局が世論の沈静化を図っている。

     

     とは言え、この状況を考える際、かつての西欧の歴史の教訓から、三国共に市民の組織化が不十分だという点を見逃してはならない。いずれも組織化の経験に乏しく、社会変動に見舞われ、国内政治における代表する者と代表される者との関係が浮遊している。社会集団と政党とのつながりが希薄化し、政党も国民も国家との結びつきを強める動きがすでに起きている。

     

     中国共産党は、従来、前衛的労働者階級を代表し、富農を除く農民階級を同盟者として、資本家階級に敵対する階級政党である。しかし、三つの代表論を経て、2002年、綱領を変更し、労働者階級の前衛であると同時に、中国人民と中華民族の前衛であると包括政党へ転換している。

     

     マルクス主義からナショナリズムへのイデオロギーの変更は社会変動に合わせているが、当時の江沢民国家主席は人民に愛国を訴えている。代表する者と代表される者の関係が浮動したため、国家によって人民と共産党の一体感を獲得しようとしている。前段の三つの代表論ですでに具体的イメージに乏しく、ジョークのネタになっていたほどだ。新綱領は代表する者と代表される者との関係の曖昧さを物語っているのであって、共産党が中国社会とのつながりを見失いつつあることを示している。加えて、毛沢東時代の政治動員の経験はあっても、今日に至るまで市民社会の組織化は無に等しい。

     

     中国当局としては、デモを管理した上で行わせ、ガス抜きに利用したい思惑があるだろう。そうすれば、デモを外国へのメッセージにも活用できる。けれども、政治参加が抑制されたままでのデモは、意思表示の機会がない以上、暴徒化する危険性をはらんでいる。日本でも、普通選挙制度が実施される以前、日比谷焼打ち事件を筆頭に民衆暴動が少なからず発生している。何らかの選挙を行わない限り、民衆のガス抜きができず、中国のデモは暴力傾向に歯止めがきかない。現段階で、共産党に代わって統治できる政治勢力は存在しない。選挙も限定的にならざるを得ないが、もししないと、騒乱を招きかねない。

     

     韓国では、2012年末に実施される大統領選挙の候補者として、安哲秀ソウル大学校融合科学技術大学院院長の名が挙がっている。彼は既成政党と距離を置き、世論調査でも高い期待率を示している。同国でも、既成政党への不信感が高まっている。けれども、市民社会の組織化も未整備である。

     

     韓国の民主主義は1992年に発足した金泳三政権から始まっている。20年ほどの歴史しかない。しかも、アジア通貨危機によって国家破綻の瀬戸際に追いこまれるなど決して順調に進んできたわけではない。例えば、同国は日本よりもセーフティー・ネットが弱く、不況に陥ると、失業者が自衛策として自営業を始める傾向がある。韓国社会には急速な高学歴化や労働市場の流動化、階層の両極化などの特徴があり、市民社会の組織化が進みにくい。

     

     代表する者と代表される者との関係が不安定であるため、政党の離合集散が繰り替えされている。貧富の格差の拡大を始め社会の亀裂もあり、大統領の椅子を狙う有力政治家は支持母体から組織的な支援を調達するよりも各種のメディアを通じて有権者に直接訴える手法を採用する。こうした無媒介性の共通基盤として国家もしくは民族が持ち出される。

     

     日本は、中韓と比べて、民主主義の歴史が長い。ただし、市民社会の組織化が進んでいるわけではない。戦後民主主義への嫌悪が保守派の間に根強く、それによって培われた価値観を尊重し、市民社会を組織化する動きに敵対的ですらある。

     

     55年体制は東西冷戦と高度経済成長に適合した政党システムである。90年代に暗黙の前提が崩れた時、政党は社会の代表としての信頼を市民から失う。もちろん、創価学会と公明党のような例外もある。1995年の阪神・淡路大震災を契機に、市民の政治参加の意識が高まる。市民社会を組織化する課題はこの時から本格化したと言える。

     

     こうした状況下、国民の既成政党への不信感が高まる。彼らは自分たちを代表していない。そこで、一部の国民は国家との結びつきを強め始める。変動する社会とのコミュニケーションがうまくできないため、国家との一体感をアイデンティティとして見出す政党の動きも活発化する。リーダーは、社会変動に伴う従来の支援団体の弱体化もあり、各種メディアを利用して有権者に直接訴え、自分個人への人気を政党支持に拡張しようとする。その際、しばしば愛国が持ち出される。

     

     こういった三国の現状では、外交はデリケートにならざるを得ない。経済の相互依存が進んでいる遍在、お互いの社会の対立は好ましくない。愛国が噴き出すような懸案事項はこれまでの積み重ねに沿って慎重に対応するほかない。

     

     戦前の日本の帝国主義が中韓の人々を苦しめたことは確かである。そのことについて批判するのももっともだ。しかし、と同時に、中韓もその愚かさを教訓として学に、自分たちはそれを絶対にすまいとしていく必要もある。

     

     愛国から少々離れるが、市民社会の組織化の観点から考えると、過去数年の日本政治の動向も理解できる。市民社会の組織化に政党も積極的に関与しないと、無党派層が拡大する。これは無投票層ではない。選挙の度に有権者は失政に憤って野党に投票し、政権が不安定化する。民主党が市民社会の組織化に関心を寄せていたが、松下政経塾出身者を始め旧態歴然たる保守主義者を多く抱えているため、中途半端に終わる。政治は停滞し、その打開策として、政党は民自公による三党合意のようなカルテルを結ぶ。なお、大連立も政治カルテルである。複数政党制は、異なる理念を持った政党が有意義な政策を競って国民に選択肢を提案するものだが、それが形骸化する。

     

     こうした状況下、既成政党を批判し、政治停滞打破を主張する政治家が登場する。各種メディアを利用して直接有権者に自説を訴えかける。この手法は直接選挙で選出される首長にとって非常に有効である。中には派手な言動を話題を振りまく首長も見られるが、その主張は新保守主義である。民営化政策を促進する一方で、国家との結つきを強調し、失政の責任を労働組合や中央省庁など既成のシステムに押しつけ、国政への色気を隠そうとしない。

     

     こうした新保守主義の首長を最も支持するのは豊かな層である。貧しい層が熱狂的に推しているわけではない。蟹工船ブームを経て、新保守主義政策が自分たちに不利に働くとわかっているからだ。現代日本政治を分析する際、疎外論は適切ではない。

     

     豊かな層は、厳しい国際競争の中で苦境にある日本を支えている自負もある。彼らは貧しい層に同情的ではない。同じ時代を生きながら、自分たちはちゃんと成功している。貧しい人たちは自身にその非があるからだ。富の再配分にも、当然、否定的である。既成政党は既得権益を守るばかりで、これだけ社会に貢献している自分たちを代表していない。彼らは、そのため、国家との結びつきの意識が強い。その不信感に応える政治家を待ち望む。けれども、その支持は穏健もしくは消極的である。あまりにラディカルな政策を実施して社会が混乱し、せっかく築いた自分の地位や財産を失うことは避けたいからだ。

     

     官邸デモも市民社会の組織化の未整備による現象の一つである。これは動員ではなく、自然発生的に始まったものであり、政治的にも幅広い層が参加している。既成政党は社会を代表していない。311を踏まえて新しい社会の建設に向けた政策を実施していかなければならないのに、永田町は社会と遊離した政治ゲームに明け暮れている。今の政権は原発再稼働をするなど民意を反映していないが、市民には意思表示の機会がない。それなら、自分たちで作るまでだ。組織化が遅れているからこそ、シングル・イシューへのアドホックなコミュニティには抵抗感も少ない。

     

     愛国は政治と社会の信頼関係が損なわれた状況に忍び寄る。それは国際関係の信頼まで悪化させてしまう。現代東アジアの政治課題は市民社会の組織化である。その上で、代表する者と代表される者との信じ合える関係から健全な統治が実施され、国際関係でも良好なパートナーシップが確認されるだろう。

     

     他国へのホスピタリティのない愛国は自惚れにすぎない。それは、空想の中での誇示を現実化しようとして、課題の解決をかえって困難にする。

    〈了〉

    参照文献

    原純輔他、『社会階層と不平等』、放送大学教育振興会、2008

    カール・マルクス、『ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日』、村田陽一訳、国民文庫、1971


    政治主導の終焉

    • 2012.04.11 Wednesday
    • 22:35
     

    政治主導

    Seibun Satow

    Apr, 11. 2012

     

    「羊の毛を刈に行って、自分が刈られて戻ってくる」。

    ミゲール・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ』

     

     90年代以降の国政において最も唱えられているスローガンの一つとして「政治主導」が挙げられる。それは、従来は官が主導で意思決定をしてきたが、政が中心となるべきだと一般的には流布している。

     

     しあし、これでは事実に反してしまう。55年体制下、自民党の族議員が意思決定の際に、大きな影響力を及ぼしている。

     

     この政治主導は、霞が関のみならず、こうした族議員も抑えこむことを含むと考えるべきだろう。それは、こういった勢力の動向に振り回されず、内閣が主導して意思決定をする政治を指している。政治主導とは官邸主導のことである。

     

     政治主導を実践したのは、民社国連立政権ではなく、小泉純一郎内閣の誕生からである。それは小泉首相のリーダーシップは言うまでもないが、2001年に発足した内閣府の力が大きい。この組織は強力な権限を有し、重要政策に関する企画立案・総合調整を行う。その際、省庁の管轄にとらわれない。

     

     小泉首相は、こうした制度変更を背景に、内閣と党や霞が関の関係を再構築する。族議員の意向を無視し、党は国会での内閣のサポートに位置付けられる。また、自らの政策を実施しやすいように、従来の霞が関の秩序を解体する。ただ、それは機能を奪ったのではなく、その勢力地図を塗り替えたというのが正確なところである。経済官僚が伸長し、厚生や労働、教育、郵政などが抑制される。

     

     政治主導では問題の提起が重要である。世論に問題を提起し、支持が高ければ、それを根拠に党や霞が関を抑える。世論の動向を見定めて、タイミングを計り、わかりやすい表現で、新たな将来像に基づいた問題を問う。内閣が政策を実施するには、世論の支持が不可欠である。それには、こうした構想力に立脚したメッセージがそのマッサージとなる。

     

     政治指導は2000年代を通じた国政の潮流である。これは、自公連立政権だろうと、民()国連立政権だろうと、共通している。

     

     政治主導を最も推し進めようとしたのは、鳩山由紀夫内閣だろう。党政調は廃止、政策決定は政務三役だけで行い、事務次官を排除している。その行きづまりの後に誕生した次の菅直人内閣は、多数の有識者会議の設置が告げているように、政治主導を堅持しつつ、この路線を若干修正している。党政調が復活し、事務次官も政策決定に参加するようになる。

     

     実は、鳩山政権も、完全に官僚を排除していたわけではない。財務省と連携している。これは事業仕分けからも明らかだが、1245日付『朝日新聞』の「民主党政権 失敗の本質」で詳しく記されている。財務省は予算編成権を握っているのだから、それで歳出カットをさせ、他省庁を抑え込んでくれると期待したわけだ。けれども、これは明らかな判断ミスである。財務省の体質を理解しているならば、このような考えを持てるはずがない。

     

     財務省の体質を経済産業省との比較で見てみよう。

     

     経済産業省は、通産省時代の1960年代の貿易・資本の自由化により、多くの許認可権限を失う。彼らが存在感を維持するために、「霞が関のシンクタンク」へと転身する。他省庁の管轄を含むありとあらゆる領域に関心を寄せ、新たな問題設定を行い、広く社会にそれを提言する。彼らは、永田町もさることながら、世論や社会の動向にも敏感である。

     

     一方、財務省は他省庁の要求を受動的に審査し、予算編成するのが主な仕事である。彼らは、予算編成を通じた政策間の調整として自らの方針を示す。そのため、隠密行動をとり、政権中枢と連携することに専心、自分たちの主張は首相を含む政治家に代弁させる。積極的に問題的しないので、国民世論委は鈍感である。

     

     こういう体質の財務省の力を借りれば、からめ捕られるのは目に見えている。新たな時代に向けた構想力もない財務省を突出させては、政官関係や霞が関秩序の反動化を招く危険性もある。各省庁の体質を前もって分析できていれば、こうした判断ミスもしなかっただろう。

     

     2011年に発足した現内閣はこの財務省の傀儡と呼んでよく、政治主導を放棄している。近年、これほど財務省の体質を具現化した首相もいない。消費税増税を唱えながら、見込みの甘い公共事業には大盤振る舞いの既得権益拡大のオンパレードである。溝撃鵜の被害がいまだに続き、新たな社会を構築していかなければいけない311以後の日本に最もふさわしくないタイプの首相だ。国債の格付けが下がるから消費税増税だ、あるいは電力不足になるから原発再稼働だという現首相の言動は極めて受動的で、311後の日本社会に関するヴィジョンがない。この内閣の下、変更された霞が関の勢力地図もより戻されている。現政権は森嘉朗内閣までの政治のゾンビである。

     

     政治主導にはいくつかの問題点が認められる。中長期的なヴィジョンが必要な課題までも、短期的に考えられてしまう。また、首相が交代すると政治課題や意思決定方法が変更される。それによって疑似政権交代の印象を有権者に与えられたが、政策の継続性の点で政治主導にはやはり限界がある。

     

     それ以上に根本的なのは、政治主導が内閣の強さに依存する点である。いかに内閣府を持っていたとしても、政治主導をするには、その内閣の基盤が強固でなければならない。選挙の顔として勝利したリーダーが首班指名を受け、その人物が率いる内閣への支持率も高い。こうした内閣には、党や霞が関も干渉しにくい。この条件に適合するのは小泉政権と発足直後の鳩山政権だけである。他方、党内選挙だけで選ばれた首相は、政治力学を無視できないので、弱く、政治主導を発揮できない。

     

     政治主導は、市民社会の組織化が進んでおらず、無党派層が最大の有権者層である状況から生まれた発想である。阪神・淡路大震災をきっかけに、市民の政治参加への意識が高まっている。けれども、業界や団体、組合などの組織政治が染みついた政党は、選挙の際、十分に集票機能を発揮できない。次世代の政治指導者のリクルート・育成システムも整備されておらず、松下政経塾出身者が政界に進出する余地を与えるが、彼らは教養主義を欠いた独善的エリート主義者で、市民政治には背を向ける、風に乗り、個人的人気を党への票へと導く「選挙の顔」が勝敗を決する。政治主導はこうした状況の産物である。

     

     市民社会の組織化が促進されたなら、国政は新たな段階へと進む期待がある。民主党は、市民社会の組織化に寄与できる可能性を持っていたが、自民党の亜流でしかないゾンビ政権を誕生さえて期待外れに終わる。さまざまな課題に関する情報を率直に公開し、市民と共に熟議を行い、意思決定を図る。政治主導からそうした熟議の参加型政治への発展は、民主党は口では言っていたのだが、今回の政権交代からは実現していない。民主党は、政治主導の内閣府に相当する制度を熟議の政治では生み出していない。それではできっこない。

     

     政治主導の季節は国政では終わったと見るべきだろう。けれども、財務省の傀儡政権が世論の熱い思いを下げ続けているように、過去に戻っても先はない。熟議の政治は相互作用の政治であり、相互作用性が次の政治のあり方のキーになる。

    〈了〉

    参照文献

    真渕勝、『改訂版現代行政分析』、放送大学教育振興会、2008

    直し屋で行こう

    • 2012.04.09 Monday
    • 22:47
     

    直し屋で行こう

    Seibun Satow

    Apr, 08. 2012

     

    「修理にこられるお客さんは、車だけでなく、どこか心も傷ついています。車だけでなく、その人の心の傷もなおしてさしあげるような思いで、修理をしてさしあげましょう」。

    本田宗一郎

     

     『週刊東洋経済』2012414日号は、「日本人が10年後食える仕事」を特集している。化粧品や岩盤浴、便器製造などが挙がっている。ここに一つ加えたいビジネスがある。それは「修理」である。

     

     物理的存在の製品が設計仕様を保っているのは、工場出荷時までである。使い始めれば、劣化する一方だ。ある一定水準の使い勝手を維持するためには、定期的な保守と本格的な補修の「修理」が不可欠である。ところが、この作業には、製造以上の技能・知識・経験を必須とする。

     

     福田収一首都大学東京名誉教授は、『自己発展経済のための工学』において、世界で日本が最も活躍できるビジネスの一つとして「直し屋」を提案している。日本にとって外需は重要である。けれども、それは新製品販売だけではない。「修理」も含まれる。このビジネスこそ、日本の強みを最も生かせる可能性がある。

     

     修理はさまざまな分野で必須とされている。福田名誉教授は、長年携わってきた溶接を例に、修理ビジネスがいかに日本向きであるかを説いている。一般の人にとって、おそらく溶接は製品製造の現場での作業だろう。けれども、処女材を溶接するのは容易である。熱履歴もなく、材料も一定、条件想定も決まっているから、前加工さえしっかりしてあれば、教科書通りにできる。

     

     一方、補修溶接は非常に難しい。熱履歴だけでなく、使用履歴もあり、変質・変形が見込まれる。実際に作業を始める前に、状態を診断する必要がある。補修する材料や製品は、処女材と違い、それぞれとても個性豊かである。コンテクストを洞察する高度な認定技術者でないと、補修溶接はできない。

     

     従来、日本企業は工場溶接の質の高さを売り物にしている。前加工がきっちりしていて、条件出しも完全、溶接の品質もよい。けれども、それは機械化が容易であり。また技能・知識・経験もさほど必要としないので、新興国が追いつけるだろう。ここにこだわっていては生き残れない。

     

     補修は極めて高度な技能・知識・経験を必要とする。それぞれの個性を的確に診断できなければ、補修溶接はままならない。大量生産方式ではなく、受注が基本である。この分野でも新興国が近づいてくるのではないかという危惧があるかもしれない。ところが、そうはいかない。

     

     設計の基本構造を「アーキテクチャ」と呼ぶ。これは「インテグラル型」と「モジュラー型」の二つに大別される。前者はシステム全体から個々の部品を相互調整的に構造設計するアプローチであり、自動車が好例である。一方、後者は各部品間のインターフェースを標準化して結合するアプローチであり、デスクトップ・パソコンが典型例である。

     

     新興国はモジュラー型で発展してきたが、日本はインテグラル型で強みを発揮する。補修には、先に述べた通りコンテクストの判断が不可欠であるため、まさにこの発想が必須である。

     

     日本で溶接工のなり手が減っているとされているが、溶接技能者資格試験の受験者は増えている。実は、芸術家の受験が増加している。野外彫刻などの作成に溶接が必要だからだ。しかも、合格者の成績上位者もほぼ芸術家が独占している。大切なのはモーチベーションであり、産業界が十分に溶接の魅力を示し得ていないことが課題である。

     

     なお、福田名誉教授によると、すり合せを可能にする多能工が多いのは、日本以外では、アイルランドである。

     

     福田名誉教授は、総合商社の技術屋版とも言うべき総合的な修理の「万屋」を展開すべきだと主張する。修理には「柔軟で広範囲のマッチングを必要とする」点で、総合商社のスタイルに近い。このノウハウがあるのも日本の強みであり、それを修理ビジネスに移植すればよい。

     

     海外市場に新製品を投入する際、その地域の発展段階・事情によって売れ行き差大きく左右される。けれども、修理であれば、相手国の現状に柔軟に対応できる。また、その過程において、顧客の使い方・期待の傾向に関する多元的・多角的な情報収集が可能で、新製品開発のヒントになる。さらに、環境問題の改善には大量生産・大量消費・大量廃棄を見直す必要があるが、修理は「もったいない」の実践であり、それにも貢献できる。

     

     実際、修理ビジネスで成功している企業がすでに登場している。それがコマツである。同社は建設・鉱山機械の製造・販売分野で高い国際競争力を有している。注目すべきは、アフター・サービスの充実だ。建設機械の使用による故障リスク・事故リスクを広範囲にカバーする総合補償プラン「コマツオールサポート」を提供している。

     

     修理は、実は、元の状態に戻すことではない。そんなことはできない。顧客の期待に可能な限り近づける結果を示すことである。満足された時、それは修理できたと言える。その意味で、修理はサービス業でもある。それには、まず、顧客の期待を理解する必要がある。直し屋は、顧客と「見方(Perspective)」を合致させること、すなわち“alignment”に努めなければならない。その根本にあるのは共感である。

     

     311の際、多くの直し屋が活躍している、泥まみれの写真やアルバムの復元はその一例である。中には、かつての街並みをデジタル技術でヴァーチャルに復元した今のお時代ならではの直し屋も登場している。彼らが修理したのはモノではない。人々の間で共有されてきた物語である。直し屋がそれに取り組んだのは、被災者の姿に共感したからだ。自身もその一人だったものもいる。誰にも、もう2011311日以前の状態に戻すことはできない。せめてかけがえのない人たちとの思い出が修理を通じて蘇るのであれば、やってやろうじゃないか。

     

     直し屋として今後の世界に貢献する。311を経験した日本にとって、その意義は十二分に理解しているはずだ。

    〈了〉

    参照文献

    福田収一、『自己発展経済のための工学』、養賢堂、2011

    KOMATSU

    http://www.komatsu.co.jp/

    JUGEMテーマ:原発

     

    典型的殺人事件

    • 2012.04.05 Thursday
    • 20:24
     

    典型的殺人事件

     

    Seibun Satow

    Apr, 05. 2012

     

    「殺人鬼のイメージがリアリティーを欠くことは、雪女、狼男等が存在しないことと、よく似ている。これらの想像上の産物が帯びるリアリティーのなさの核心は、そのような存在が、どのような境遇で誕生し、成長して、また、老いて死んでいくのかという経過が全く欠けていることにあると思う。鬼はその点で、赤ん坊や子供の鬼、年老いた鬼がイメージできて、まだいくらかましであり、人間に近い。そのあたりを詳しく見れば、殺人者についてリアリティーのある理解ができるのではないかと考える」。

    河合幹雄『日本の殺人』

     

     神奈川県警瀬谷署は、201245日、横浜市瀬谷区上瀬谷町に住む戸頃佳寿子容疑者(61)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕したと発表している。同日付『読売新聞夕刊』によると、彼女は、同日午前420分頃、自宅で寝たきりの夫儀平(75)の胸など数か所を包丁で刺したと見られる。その直後、自宅に通っていた介護ヘルパーに「大変なことをした」と連絡、彼の通報で駆けつけた同署員が居間の介護用ベッドで倒れている被害者を発見する。夫は搬送先の市内の病院で死亡が確認されている。容疑者は「10年前に夫が脳梗塞を患い、介護に疲れていた。心中するつもりだった」と供述している。同署は容疑を殺人に切り替えて送検する方針である。

     

     この事件は現代日本における「殺人」の典型例である。ここでの殺人は殺人既遂と強盗殺人に限定する。戦争や自殺、死刑は含めない。河合幹雄桐蔭横浜大学教授の『日本の殺人』によると、今日、殺人の年間件数はおおよそ800で、「統計的な数の上で」、最も典型的なものが「心中」である。しかも、かつては稀であったが、近年かなりの数にのぼると見られるのが「介護を苦にした」殺人だ。

     

     実は、日本の殺人事件の件数や内容を公的資料から詳しく調べるのは難しい。その理由は大きく二つ挙げられる。一つは、加害者の更生や関係者のプライバシー保護、当局の隠蔽体質により、個々の事件の詳細が伏せられていることである。もう一つは、各種の統計がその目的に従って集計・分類されているため、何を「殺人」に区分するかが変動的であることだ。ちなみに、『犯罪白書』の殺人の項目には「殺人未遂」や「殺人予備」も含まれている。

     

     河合教授がこうした条件を踏まえた上で、詳細に公的資料を読み解くと、先に述べたとおり、年間の殺人件数は約800で、人口比で言うと、5万人に1人の割合である。その半分近くが親族による犯行だ。さらに、統計の名目上家族と見なされていない関係、すなわち同性愛・異性愛を問わず内縁や不倫、恋人関係なども含めれば、全体に占める比率はもっと高くなる。加害者は等身大で、決して特殊な人たちではない。

     

     なぜ親族間での殺人が多いのかという理由は、それに強い動機が必要だからである。「殺してやる」と思うことや口走ることとその実行の間には大きな溝がある。それを飛び越えさせてしまうのがつながりである。赤の他人であれば、つながりは薄いし、それをさして気にする必要もない。ところが、親族やそれに相当する関係では、そうもいかない。つながりへの固執が強い動機につながる。「家族は、人の命を生み育てるところであるとともに、命を奪う可能性を持っているということであろう」(『日本の殺人』)

     

     ただし、親族間に限らず、殺人事件全体から見れば、直接的動機は衝動的なものが多い。今回の横浜の事件もおそらくそうだろう。

     

     その上で、河合教授は、『日本の殺人』において、各種の資料を読み込み、近年相当数あると見られる「介護を苦にした」殺人事件の典型例を次のように描き出している。

     

     長年、親の介護を担ってきたが、介護する自分も六〇歳を過ぎ、介護される側は九〇歳というケースで、主に女性、主婦が加害者である。自分のほうが体調を壊してしまい、入院するように医者に宣告され、もはや親の面倒を十分に見てくれる人はいないと悲観して、親を殺害したが、自分は死にきれないというような事件である。

     

     さて、このような殺人者に、いかほどの量刑が適切であろうか。これまでに犯歴もなく、高齢で体調不良の主婦に、ほかの一般人を傷つけるおそれは全くないと言ってよいであろう。治安を守る観点からは、彼女たちを刑務所に入れる必要があるとは到底思えない。ところが、起訴猶予にするか執行猶予判決を出して、釈放すれば、それは彼女たちにとって、よい選択であろうか。彼女たちは、人を殺してしまったという強い罪の意識を持っている。それに対して、罰を与えないで自宅に帰してしまうとどうだろうか。帰宅したそこは、しばしば、犯行現場でもある。自宅に帰った彼女たちが、その場で自殺を遂げるという危険性がかなりの程度存在する。誰か世話してくれる人がいればまかせればいいが、その人がいないから事件が起きているわけで、そのような可能性は低い。したがって、釈放はまずないのである。

     これらのことは、検察も意識していると思われる。短期の実景を求刑し、裁判官も、その八掛けくらいの短期懲役刑を宣告する。自首などが伴えば、一年ということさえある。

     自殺防止ということなら、刑務所内ほど適した環境はない。また、ある程度罰を受けた形にしたほうが納得する。時間がたてば落ち着くという効果もある。早いとこ落ち着いたとみれば、刑期の三分の一を越えれば仮釈放可能である。罪の意識はあるが、凶悪な殺人事件とは認識していないので、長期間刑に服さないことに対しては、違和感はないであろう。一つの目安として被害者の一年後の命日は区切りになるであろう。事件後、即日逮捕、全面自供でとんとん進んでも、判決まで何か月かはかかるので、刑務所入所後、短期間で最初の命日を迎えることになる。

     刑務所では、殺人犯に対して、命日は、平日でも懲役の仕事は一日休ませ、被害者の供養をさせるようにしている。その後、落ち着いていれば仮釈放となるであろう。

     

     これは実態の記述が目的であって、共感を狙っているわけではない。殺人をめぐるこんなに繊細で慈悲深い文章を最近の小説から見つけるのは困難である。ミステリーはともかく、殺人と言えば、作家は奇妙な設定とセンセーショナリズムに走りがちである。その際、原因帰属を加害者当人の心理に求める傾向があり、その文脈が希薄になる。そうした無神経で恣意的な作品からは想像力の貧困さを感じるのみだ。

     

     もっとも、歴史を振り返れば、作家の主眼は殺人自体よりも、その動機にある。想念から実行に踏み切ることの重大さを認識しているからだろう。アルベール・カミュの『異邦人』のような作品は稀で、たいてい、登場人物は殺人に至る強い動機を持っている。それは共存の不可能性に集約できるだろう。特定の人物や集団、社会と今の自分とは一緒のいることができない。そこから殺人へと向かう。こうした必然性を描くのが文学の醍醐味と言うわけだ。

     

     特殊な例を提示して自明性を相対化する試みも確かにある。しかし、殺人事件の発生は非常に稀であり、一般人にとって身近ではない。殺人をめぐるイメージは、文学を含むマスメディアの情報によって少なからず形成されている。ろくに実態も調べず、自分や読者の実感に依拠しているだけだ。メディア・リテラシーの意識くらい持つべきだろう。

     

     殺人事件の統計的実態を知っている作家がどれだけいるのか疑問である。小説家は公的資料や統計を読み込み、典型例をプロファイリングすることから始めなければならない。ノンフィクションであれば、具体例を解き明かす試みもあろうが、フィクションはそうした抽出した上での具象化がそれならではのことだと言える。そこから現代社会の一つの姿を読者は垣間見る。ニュースで報道された時には関心があっても、人は忘れてしまう。法の執行機関や周囲の人たちが固有の事情にどういう配慮をしているのか、罪を犯した人が自分のしたことにどう向き合っているのか、どんな思いで社会に復帰したのかなど知る由もない。これを記すのも文学のすべきことのはずだ。

     

     いずれこんな殺人事件が出現するだろうと表わす企てもあろうが、作家は、歴史的に、過去の犯罪者を参考にしてきたのであり、欲張らない方がよい。

    〈了〉

    参照文献

    河合幹雄、『日本の殺人』、ちくま新書、2009

    文化的認知傾向の自覚

    • 2012.03.31 Saturday
    • 08:27
     

    文化的認知傾向の自覚

    Seibun Satow

    Mar, 30. 2012

     

    「私の自我は、同時にわが友であり、敵でもある」。

    『マハーバーラタ』

     

     2012311日未明、アフガニスタンのカンダハル州の民家3軒に暗視ゴーグルを着用した米兵が押し入り、銃を乱射する。中にいたのは非戦闘員で、女生と徒9人の子どもを含む16人が犠牲になっている。16日、米軍当局は事件の容疑者をロバート・ベイルズ2等軍曹と公表する。彼の弁護士は、過去の任務中に2度の重傷を負い、4度目の任務になる今回のアフガンへの派遣に不満があったと説明している。

     

     藤原帰一東京大学大学院教授は、2012327日付『朝日新聞夕刊』の「時事小言」において、この事件をめぐる米国の報道を次のように批判している。

     

     アメリカのメディアによる報道は、子煩悩な2児の親がなぜ虐殺に走ったのかという一点に焦点が置かれていた。よほどひどい経験をしていたのだろう、戦争で人間が変わってしまったのだという判断だ。容疑者ロバート・ベイルズ2等軍曹が入隊前から多くの負債を抱え、家を手放す直前だったことなどが後に判明するが、すでに事件への関心は萎えていた。

     

     アメリカの報道は米兵の内面ばかりに目を向け。殺された人々がほとんど登場しないばかりか、アフガニスタン介入の是非を問う報道も少ない。

     

     今回の惨劇をめぐる米国の報道は、藤原教授に言わせると、視野が狭い。自国民である容疑者本人にのみ原因が帰着され、アフガンの被害者が見過ごされている。そもそも、この2等軍曹がアフガンにいたのは、米国が戦争を始めたからで、それが果たして妥当だったのかどうか論じるべきである。

     

     こうした報道姿勢は、実は、藤原教授の指摘以上に根が深い。と言うのも、乱射事件が起きた際の米国の報道は、容疑者の「内面ばかりに」目を向ける傾向があるからだ。

     

     社会心理学の研究によると、犯罪報道の際に、アメリカと東アジアの新聞では犯原因の見方が異なっている。前者は原因を加害者の内的特性に求める対象志向である。一方、後者はそれを加害者の周辺環境に認めるコンテクスト志向である。

     

     マイケル・W・モリス(Michael W. Morris)と彭(Peng Kaiping)は、論文『文化と原因(Culture and Cause)』(1994)において、類似した二つの乱射事件を例に、アメリカと中国の報道傾向を比較している。一つは、1991年にアイオワ大学で起きた中国人留学生による乱射事件である。もう一つは同年にミシガン州において郵便運配達が上司や同僚を射殺した事件である。いずれも容疑者は犯行直後に自殺している。この二つの事件は加害者が中国人であるか、アメリカ人であるかを除けば、類似している。米中のメディアは、国籍にとらわれず、どちらの事件でも同じ報道姿勢を示している。『ニューヨーク・タイムズ』は加害者の性格や思想信条など個人的な属性に焦点を当てて、事件を伝えている。一方、『世界日報』は人間関係や生活環境といった置かれた状況を強調している。こうした傾向の違いは文化によると考えざるを得ない。

     

     このように、今回に限らず、アメリカの事件報道は対象志向である。米国のジャーナリストは、必ずしも、意識的に加害者を見過ごし、容疑者の「内面」にばかり着目しているわけではない。犯罪報道とは対象志向だと内面化され、それこそが事実を伝えるジャーナリストとしてのあるべき姿勢だと信じている。

     

     しかし、国内では良識的な姿勢だとしても、扱う事件が国際問題化した場合、低コンテクスト認知が他の文化圏から見れば配慮を欠く、身勝手な考えに映ることもある。ものの見方は相対的なものだ。

     

     異文化接触では、相手を理解することが肝要だとされる。しかし、グローバル化の進展する現在、次から次へと異文化に出会い、面食らう。確かに、異文化との交流で認知は積極的・消極的に変化していくが、少々オーバーロード気味だ。むしろ、自分の属する文化の認知傾向に自覚的になって、異文化と接する方が現実的だろう。立場から言って、ジャーナリストには率先してもらう必要がある。そうすれば、世界は、もう少し、寛容と信頼に覆われる。

    〈了〉

    参照文献

    森津太子、『現代社会心理学特論』、放送大学教育振興会、2011



     

    僕の感覚 橋下大阪市長と市民社会の組織化

    • 2012.03.04 Sunday
    • 21:06
     

    橋下大阪市長と市民社会の組織化

    Seibun Satow

    Mar, 04. 2012

     

    「感覚は、偽りの見せかけで理性をたぶらかす」。

    ブレーズ・パスカル『パンセ』

     

     橋下徹大阪市長の政治的意見は、「僕の感覚」を乱発するように、未熟である。おまけに、批判に対する反論も子供の悪口の域を出ない。そんな彼への支持率が高い理由の一つにマスメディアの使い方の巧みさが挙げられる。

     

     マスメディアの利用に長けていた最近の政治家として小泉純一郎元首相が思い浮かぶ。彼は、「構造改革」や「改革なくして成長なし」などキャッチーなフレーズを繰り返し用いて有権者に印象づけ、その手法は「ワンフレーズ・ポリティクス」とも呼ばれている。もっとも、小泉元首相の決め台詞はほとんどが剽窃である。「改革なくして成長なし」は1970年の公害国会での佐藤栄作首相によるスローガン「福祉なくして成長なし」のもじりである。

     

     一方、橋下市長の場合、こうしたワンフレーズが思い当たらない。話は、むしろ、長い。彼は自ら決め台詞を発するのではなく、マスメディアの報じる言葉や数字の印象の一人歩きを巧妙に利用している。

     

     橋下市長は大阪市や役所に関する各種の統計の数字を公表する。市職員の電子メールをめぐる調査の中間報告がその一例である。これは事実なので、マスメディアは報道しないわけにいかない。その際、受け手にわかりやすくするため、見出しにより印象的になるよう言葉や数字を構成し、本文に具体例を添えて伝える。有権者の多くはニュースの本質まで読み解くことはしない。また、細かなことまでいつまでも覚えてもいない。断片化されたニュースは具体例と共に印象として有権者に記憶・理解される。その後に、詳細な解説や分析、もしくは訂正が報じられても、そのことに気を留める人は少ない。

     

     政治家は、概して、この一人歩きを嫌う。自分の真意が伝わらず、曲解されると思うからだ。ぶら下がり会見を避ける現首相がその典型である。

     

     ところが、橋下市長はその性質を逆に利用する。ニュースは断片化され、具体例が象徴する印象として一人歩きし、その後の修正は稀である。一旦印象を形成してしまえば、少々のことでは揺るがない。彼はこの性質を利用して自分がいかに正しいかを有権者に印象づけられる。

     

     もっとも、これはアメリカの選挙で普通に見られる手法である。選挙は特有のコミュニケーションであり、そこにリテラシーが生まれる。高等教育機関でこの選挙のリテラシーを教えている。選挙スタッフにはこうした教育を受けたプロが必ずいる。彼らは、その腕を売りこみ、候補者を渡り歩く。映画『スーパー・チューズデー』でその一端を知ることができる。

     

     一人歩きには後の祭りがついて回る。橋下市長はこれも利用する。市職員への政治運についてのオンライン動調査がその好例である。これは彼とその仲間の弁護士としての悪知恵にほかならない。裁判所は紛争を事後的に解決する。また、弁護士会も事後的に意見を述べる。裁判所や弁護士会が動くまでには時間がかかる。その間にしてしまえば、それは後の祭りである。結果を回収した後で、廃棄せず、批判に対しては凍結すると言えばよい。橋下市長はこの後の祭りを使って公務員への管理統制を続けている。ちなみに、こういう弁護士を世間では「悪徳弁護士」と呼ぶ。

     

     橋下市長のようなタイプの政治家がのさばっているのは、何も、日本だけではない。旧東側諸国が民主化した後に広く見られる現象である。

     

     現在の日本政治の最大の課題の一つは市民の政治参加の組織化である。阪神・淡路大震災以降、市民による政治参加への意識が高まっている。戦後日本では自民党の一党優位が長期に続き、市民が積極的に政治に参加しようとする際の組織化が立ち遅れている。業界や団体、組合による動員にとどまる。民主党が台頭し、組織化ができるかに思えたが、松下政経塾出身者が反動的にも市民運動を敵視する有様で、期待外れに終わる。

     

     組織化が未整備の結果、既成政党が市民社会を十分に代表しているとは言えないため、有権者と政党の間の不信感が増大する。しかも、政党助成制度への依存が増し、市民よりも国家の方を向く傾向が強まる。環境の変化に伴い、分け合うパイが減り、政党内部でも支持者間の利害対立も生まれる。こうした状況から場当たり的な人気の争奪が繰り広げ、意義ある政策論争ではなく、政局によって統治を競う事態に陥り、政党政治自体への世論の不満が充満してしまう。これが日本政治の現状である。

     

     市民社会の組織化の経験に乏しい旧東側職では、東西冷戦終結後、同様の事態に陥る。そこに、強いリーダーシップを売り物にした人物が登場し、仮想敵を攻撃して世間の不満に訴え、マスメディアを通じて個人的な人気を自らの政治勢力への投票に誘引して、強権的な支配を行う現象が見られる。こうした勢力は社会の組織化から無縁であり、国家に存在理由を見出す。ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチンがそうした政治指導者の典型だろう。

     

     市民社会の組織化が弱いと、有権者や政党、政治指導者はアイデンティティと統合を求めて国家との一体化を強める。他の国家に対して受動的に自分の国家への意識されるので、政党や政治指導者には支持者間の利害対立を外にそらすことができる。有権者には、国家を共通の基盤として、このリーダーを支持することが社会を変えているという意識を与えてくれる。社会を悪化させている敵に対峙する人物を支持することは自分をその側に置くことになる。このヒロイズムのため、自分にとって不利益になるにもかかわらず、賛同する。

     

     橋下市長の誕生はまさに日本もそういった国と同じ状況にあることを物語っている。ただ、彼は、プーチンと違い、経済の立て直しなど政治的実績は現時点で皆無である。府知事時代に、地場産業の振興や公衆衛生の改善などが進んだという話は聞かない。混乱を助長しているようにさえ見える。今や市役所内の反対勢力の粛清に熱中している。文革さながらだ。文革の後始末はしんどい。

     

     市民の政治参加のための組織化が進んでいない。当事者意識を持ちたいのに、それがかなわない。それが日本政治の問題なのであって、その現状が「僕の感覚」の恣意的な政治家の暴走を許している。もはや市民自らが組織化に動くほかない。

    〈了〉

    参照文献

    平島健司他、『改訂新版ヨーロッパ政治史』、放送大学教育振興会、2010

    津田和明、「橋下ブーム 『僕の感覚』に厳しい評価の目を」、産経新聞、2012212

    円高と産業の空洞化 ジョブスとSONY

    • 2012.02.28 Tuesday
    • 21:51
      

    円高と産業の空洞化

    Seibu Satow

    Feb, 14. 2012

     

    「言葉や文章には嘘があっても、製品には嘘がない」。

    本田総一郎

     

     歴史的な円高水準が続く中、20122月、日本が48年ぶりに貿易赤字に転落したと政府が発表する。東日本大震災やタイの洪水など自然災害もその一因であろうが、欧米の不景気と円高の影響が大きいと見られている。この為替レートの水準が続けば、国内から工場が消え、産業が空洞化す津と主張するエコノミストもいる。

     

     しかし、産業の空洞化は円高を主因にしてもたらされるわけではない。むしろ、国際競争力の如何によって生じる。国際競争力のない企業が海外に生産拠点を移しても、概して、業績向上にはつながらない。

     

     1980年代後半、日本の製造業は幅広い分野で国際競争力を誇示する。そのため、リスク・プレミアムを必要としなくなった製造業は銀行からの融資ではなく、市場からの直接投資を大幅に増やしている。お得意様を減らした金融機関は不動産投資に貸し出し先を求め、バブルへと向かっていく。多くの企業も、時代の空気に飲みこまれ、本業をおろそかにし、財テクに浮かれる。ところが、バブルがはじけた90年代に入ると、IT関連や家電を始め多くの分野でその優位さを失う。日本は、それに伴い、貿易だけでなく、投資によっても国際収支を稼ぐようになっている。

     

     近年、日本メーカーのテレビ事業の不振がしばしば伝えられている。しかし、アジア諸国での日本のテレビの顕示比較優位指数90年代から一貫して下落傾向である。今に始まった話ではない。なお、「顕示比較優位指数(RCA)」は世界への平均的な輸出比率と比較した際の対各地域輸出の比率の大きさを財ごとに示した値である。

     

     ただ、すべてで国際競争力が低落したわけではない。光学機器では依然として圧倒的に強いし、自動車部門でも、落ちてきたは言え、高い競争力を維持している。また、半導体の販売はともかく、その製造に必要な材料や機械は日本企業が優位である。

     

     付け加えると、確かに、80年代の製造業は国際競争力を誇示していたが、それは欧米のキャッチアップにとどまっている。90年代に入ると、国際競争力が低下しながらも、日本初のオリジナル製品が続々と登城する。液晶パネルや大型テレビ、光ディスクなどが代表である。しかし、これらはアーキテクチュアがモジュルラー化することで、世界市場に普及すると共に、後発国にシェアを奪われる。この当時、日本政府は、アメリカの経験があったにもかかわらず、イノベーションの成果をプロパテント政策によって保護することをしていない。ただし、完成品はモジュラーでも、それを階層構造で見ると、インテグラル・アーキテクチュアの部品や材料が数多く含まれている。

     

     経済産業省を始めとして各種の機関が国際競争力と工場の海外移転に関する統計を公表している。それを照らし合わせると、国際競争力のない企業が円高や労賃の高さを理由に海外進出しても、成功しない傾向があることがわかる。

     

     自動車産業の関連企業が海外に工場進出する場合、その主な理由は市場立地である。円高はきっかけとして作用している。80年代、日米の間で激しい貿易摩擦が起きている。民主党政権が日米関係を最悪にしたというのは事実誤認である。この時期の方が険悪だったと言ってよい。しかも、85年にプラザ合意が成立し、急速な円高ドル安が進んでいる。こうした状況下、大企業が先に海外に進出し、その後、部品供給の中小企業を呼び寄せている。

     

     他方、90年代の日本の製造業の海外進出には、国際競争力の低下を為替レートや人件費によって補おうとした企業が少なからず見られる。各種のイノベーションによって国際競争力を回復しなければならなかったのに、それを怠り、円高や人件費の高さのせいにしたというわけだ。これは経営陣の保身以外の何物でもない。こうした企業が海外に進出しても業績の向上は望めない。

     

     90年代後半から自民党を中心とした連立政権は多くの労働規制を緩和する。その際、経営者の団体から、国際競争力を保持するために、人件費を下げる必要性が説かれている。さもなければ、海外に出ていくしかないとも付け加えている。しかし、そうした企業の国際競争力は、お望み通りになったにもかかわらず、統計が物語っているように、回復してはいない。

     

     無責任で無能な経営者にとって「人件費」は魔法の言葉である。現在、生産コストに占める日本の平均人件費の比率は30%であるのに対し、アジア諸国では数%である。業績不振尾の理由の切り札にいつでも使える。

     

     すり合わせの要る自動車のようなインテグラル型製造は日本が強いけれども、パソコンを始めとするモジュラー型製造は後発国に有利さがある。これは確かに一理ある。モジュラー型では現場よりもマネジメントの力が試される。これでは日本の製造業の財産とも言うべき現場の強みを生かせない。

     

     けれども、モジュラー型の覇者は別の見方をしている。2001年、スティーブ・ジョブズはiPodの開発・販売の際にSONYの動向にナーバスになっていたと伝えられている。もしSONYが携帯音楽プレーヤーを始めるのであれば、自分たちではかなわないから、撤退する腹積もりでいる。石橋を叩いて渡る慎重さで、SONYが参入する気がないと確信して彼はようやく市場に新製品を投入する。偶然もあったけれども、その際、ヘッドフォンのカラーをホワイトにしている。ブラックはSONYのカラーだからである。それほどまでにジョブズはSONYに怯えている。現在のアップル社の事業展開とステータスは80年代のSONYに似ている。

     

     そのSONYは、2005年、1999年から本社の経営陣に加わっていたハワード・ストリンガーをCEOに就任させるが、彼はまさに「ビジネス界のジョー・ペピトーン」である。懐かしい名だ。7年間の体制のうち、後半4年間は連続赤字、おまけに、顧客情報の流出で信頼感を失墜している。にもかかわらず、113月期の総報酬額は前期比4650万円増の86300万円である。この給料泥棒を解任できなかったことがSONYの現状をよく物語っている。SONYは自滅したのであって、後発企業の有利さに脅かされたわけではない。

     

     ただ、技術革新による国際競争力の向上に関して、2000年代前半、SONYに限らず、日本社会が必ずしも向き合ってこなかったことは否定できない。堀江貴文ライブドア元社長がもてはやされたのもその現われだろう。IT産業はすでにWeb2.0の時代に突入している。この10年あまりの間に、WikipediaYouTubeDiggFacebookTwitterなどが次々に登場・定着し、GoogleGoogle EarthGoogle MapGoogle Street Viewといった意欲的なサービスを提供している。まさにコンピュータ・オタクや若者ならではのアイデアが社会を驚かせている。ところが、堀江が熱中していたのは企業買収である。「貧乏恵比寿」こと横井秀樹を思い出してしまう。国際競争力の向上に貢献しないこんな古臭い人物をちやほやしているようでは、世論の現状認識は甘かったと言わざるを得ない。

     

     産業の空洞化に話を戻すと、今聞こえてくる海外移転も強化であって、新規ではない。今頃、為替レートの差益分を人件費の安さに求めて海外進出しても、業績の向上は望めない。制度や法律、習慣、言語、文化の違いを踏まえて、技術力のある労働者を育成し、高い品質を確保することは難しい。

     

     国際競争力のある企業は賢明な分業を採用している。安易なことはしない。何を海外工場で生産し、どれを国内に残すかの選別を十分に検討している。最先端の機械や技術を必要としない部品の生産には労賃の安い海外に工場を移しながらも、主力部品に関しては国内を存続する。こうなると、売り上げが伸びれば、国内工場も活性化する。

     

     言うまでもなく、企業活動への円高の影響は過小評価できない。急激な円高はスポーツでの突然のルール変更のようなものだ。野球でこのボールは飛びすぎるから、今からもっと飛ばないボールに変える。これを毎日繰り返されたのでは、プレーヤーはたまったものではない。

     

     しかし、円高を主要因にして産業の空洞化は起きない。国際競争力を従前の産業が回復したり、新たに出現したりしなければ、空洞化に陥る。製造業が海外流出しても、「脱産業化社会」の到来が楽観的な未来をかつて期待させたが、その展望は幻想にすぎないことが明らかとなっている。サービス業は製造業の代替にはなり得ない。後者が衰退すると、前者も苦しくなる。国際競争力の獲得は技術革新の推進と新産業の勃興にやはりつきるだろう。官民共にそれに真摯に向き合えば、製造業にはまだまだ底力がある。早とちりは禁物だ。

    〈了〉

    参照文献

    経済産業省

    http://www.meti.go.jp/

    日本-ジェトロ

    http://www.jetro.go.jp/world/japan/

    統計局ホームページ

    http://www.stat.go.jp/index.htm



     

    デフレとインフレ目標

    • 2012.02.28 Tuesday
    • 21:48
     

    デフレとインフレ目標

    Seibun Satow

    Feb, 15. 2012

     

    「経験はよい薬であるが、病気が治った後でしか手に入らない」。

    ジャン・パウル『花・果実・家』

     

     2012214日、デフレ克服を目的に、日銀がインフレ目標を設定する。案の定といったところだ。FRBが採用したときに、この路線を予想した人は少なくなかっただろう。

     

     愚かな松下政経塾内閣が日銀に圧力をかけ続ける。まさかインフレ目標でデフレ脱却ができると本気で信じていたら、相当おめでたいが、そうでなくても言い訳がいくらでも思い浮かぶ。FRBがインフレ目標を設定しているのだから、今まで通りだと円高も進んでしまうし、日銀が始めてもそう文句は出まい。逆に、もしとらずにデフレが進行したら、何を言われるかわからない。今回の日銀の決定にはそんな責任逃れの印象がある。

     

     インフレ・ターゲットは、本来、景気循環の対策である。確かに、採用している国はあるが、それはインフレ抑制が目的である。インフレ目標が景気対策やデフレ脱却に効果があることは実証されていない。エビデンスもないままで実施して、もし失敗したら、日銀への信頼は失墜する。バブル経済とその崩壊では、日銀は判断ミスを犯し、その権威を大いに落としている。その二の舞にもなりかねない。そうなれば、現首相が政界を引退してすむ話ではない。

     

     日本が陥っているデフレの原因は資金不足ではない。企業に設備投資意欲が旺盛ながら、資金供給が追いついていない状況によってデフレが生じているのなら、金融緩和政策によって脱却は可能である。しかし、日銀が量的緩和を長年に亘って続けながらも、デフレが継続している。明らかに、国内の資金需要が飽和状態に達している。貨幣供給量を増やしても、デフレの克服はできない。むしろ、海外投資に流れる危険性が高い。金融政策だけではデフレから抜け出せない。

     

     デフレの他に、平成不況下で顕著だったのは、製造業の多くの分野で国際競争力が低落したことである。これは19世紀後半のイギリスの状況によく似ている。19世紀前半には「世界の向上」としてイギリスは、アメリカや大陸ヨーロッパに対して工業力の圧倒的な比較優位を持っていたが、後半には追いつかれ、また電気や石油といった新たな産業への移行もうまくできず、苦境に陥る。投資家も国内よりも利益率の高い植民地や国外に目を向ける。全世界の海外投資の総額の半分をイギリス一国で占めているほどだ。他方、安い輸入品が英国市場に流れこんだため、物価が下がり、労働者の生活水準は他国よりも恵まれている。イギリスは、工業の国際競争力の回復をできずに、シティに経済成長を託すことになる。しかし、第一次世界大戦後にポンドも弱体化、以降、イギリスは国力低下の道をたどっていく。

     

     現在、日本も貿易立国と言うよりも、投資立国の方が現状をよく言い表している。けれども、脱産業化を進めていくことは、イギリスの例を見るまでもなく、危うい。

     

     日本のデフレ脱却の処方箋は、誰が書いてもほとんど同じであろう。莫大な赤字を抱え、財政出動は無理、金融政策も限界にきている以上、打てる手は産業政策しかない。日銀がインフレ目標を設定するよりも、政府が発送分離を決断し、スマート・エネルギー産業発展の後押しをした方がはるかに雇用創出・デフレ克服につながる。

    〈了〉

    参照文献

    佐藤清文、『インフレ・ターゲット』、2012

    http://www.geocities.jp/hpcriticism/oc/itp.html

    銀輪は唄う 自転車の暗黙知

    • 2012.02.28 Tuesday
    • 21:42
     

    銀輪は唄う

    Seibun Satow

    Feb, 21. 2012

     

    「ラララ 快速 快速

    スピイドあげて

    ベルを鳴らして

    行こうじゃないか」

    ゲルニカ『銀輪は唄う』

     

     2012214日、自転車産業振興協会は、去年1年間に出荷された自転車数が3年ぶりに1000万台を超えたと発表している。国内生産と輸入を合わせて10552486台に達し、前年を11.6%上回り、4年ぶりに増加に転じている。

     

     この理由はさまざまに分析されている。一つはっきり言えることがある。自転車は、価格もさることながら、乗れる能力の特性が販売数に伸縮性をもたせていることが認められる。自転車は一度乗れるようになると、長期間離れていても、その能力が失われない。きっかけさえあれば、自転車人口は減少しても、容易に反転する。

     

     初心者が自転車を乗れるようになる際のドラマは、1979年、「ACC CMフェスティバル」でグランプリに輝いた松下電器産業(現パナソニック)の「自転車 特訓篇」でほぼ尽きている。自転車に乗れない弟の特訓に兄が後の荷台を支えるなどして手伝い、それを達成するストーリーである。自転車に初めて乗れた時の弟の感激、それをわがことのように喜ぶ兄の兄弟愛などが描かれた名作である。名村大作監督によるこのテレビCMCM殿堂入りを果たしている。

     

     自転車に乗る技術は身体知=暗黙知の代表例である。どうすればできるようになるのかを言語化するのが非常に難しい。しばしばこれは「這般の奥義」として語られる。その最たる例が小林秀雄だろう。坂口安吾は、『教祖の文学』において、世阿弥論を引き合いに、小林秀雄が「気の利いたような言い方」で暗黙知を「這般の奥義」によって弄んでいると批判している。小林秀雄以降にもこのような文学上の「教祖」が何人か出現している。安吾によれば、「這般の奥義」を語るこうした「教祖」の評論を受け入れる社会は「幼稚」である。その「文学上の役割」はこの「幼稚」な「方法」を人々に学ばさせて、「先生の欠点が鼻につく」ようにさせることにある。

     

     暗黙知を「這般の奥義」とわかったつもりになることは自己完結的な認識である。それは暗黙知に、自己対象化・相対化もせず、依存しているにすぎない。安吾に従えば、暗黙知とは何であり、いかなる過程で習得されるのかを文学上に表現することは、「幼稚」からの脱却につながる。

     

     一度自転車に乗れるようになると、長いブランクがあっても、またできてしまう。こうした身体で覚えることは非陳述記憶である運動記憶に属している。脳科学の成果によって、運動記憶には小脳の働きがかかわっていることが明らかになっている。大雑把に言うと、こうなる。運動の学習は大脳から身体の各部位への神経信号で行われると共に、小脳にも伝えられる。トライ・アンド・エラーを繰り返している間に、間違った指令は抑圧され、適切な動作の記憶が小脳に蓄積・形成される。できあがった回路は長期間の維持可能な身体知、すなわち暗黙知となる。ただ、その詳細なメカニズムは現在でも研究が続けられている。

     

     自転車の走行を解析すると、左右に傾きながら、進んでいることがわかる。ペダルをこぐと、左右いずれかの力を入れた足の方に体が傾く。倒れた方向にわずかにハンドルを切ると、自転車は円運動をし、円の外側に向かって遠心力が働く。この力により傾きが停止して、正しい乗車姿勢へと立て直してくれる。これは関係式にまとめることができる。

     

     どれだけハンドルを切らなければならないかは、走行速度とその傾きの関数で表わされる。非常に簡略化した条件を想定し、走行速度をv、回転半径と重力加速度gの積をPとする。急ハンドルを切らなければならない割合はPv2乗で割った値Kとして求められる。低速なほど、ハンドルを大きく切らなければならない。さらに、走行速度が大きくなると、角運動量保存則と慣性の法則により、走りが安定する。だから、手放し運転もできる。

     

     この関係式には、実は、三角関数を用いる。ここで、それで使わず、記号のみで表わしたのは、公理系の発想である。この式は汎用性を持っている。低速のスタート時のみならず、コーナーリングにも応用可能である。

     

     しかし、この式は人間にはまったく役に立たない。初心者にこれを教えて自転車に乗れるようにはならない。また、習得者がこの関係式を自覚しているわけでもない。従来の文学が暗黙知を扱うときに達人技や人間ドラマとして捉えるのを克服しようと、これを導入すればいいと思うのは早計である。この式の有用性は、自転車に乗れる二足歩行ロボットを開発する際に、バランス制御の点で使えることだろう。コンピュータは計算して制御するので、こうした方程式が不可欠である。

     

     式は役立たずでも、ペダルをこぐと、左右に傾き、それを補正しながら進んでいるという解析は有用である。運動記憶の形成にはトライ・アンド・エラーが欠かせない。サドルをまたいで、ハンドルを握ってすぐに自転車に乗れるようになる方法論は現時点ではない。ただ、練習中にすり傷だらけになったり、恐怖に怯えたりする心身への過度の負担を軽減することは可能だし、期間短縮もできる。初心者にとって難しいのはこのバランス感覚である。これを効果的に体得できるプログラムを考案すれば、初心者も自転車に比較的容易に乗れるようになる。

     

     自転車の運動学習はトライ・アンド・エラーである。自転車の技術革新の過程も、実は、試行錯誤である。自転車の暗黙知の明示化にはその歴史が参考にできる。今日、自転車の有用性や娯楽性、競技性は社会で常識化している。そのために、人々は、子ども時代に、特訓して乗れるようになる。けれども、自転車が生まれた頃にはそんな通念はない。

     

     歴史は現在を相対化する。変化の過程から見れば、自明視されている形態や認識もある条件下での一つの選択肢にすぎない。

     

     1817年に自転車が誕生した時、ブレーキもペダルはついていない。ドイツのカール・フォン・ドライス男爵が自転車の原型を発明する。これは「ドライジーネ」と呼ばれ、サドルにまたがり、ハンドルを切りながら、足で地面を蹴って進む乗り物である。彼は上流階級向けのレジャー用品としてこれを販売、「ホビー・ホース」とも呼ばれて欧州各地で人気を博している。この自転車のヒントの一つになったのは、17世紀末に貴族の間で流行した「セレリフェール」で、馬車の車輪を前後に一個ずつ並べた娯楽用の乗り物である。自転車は、元々、馬車や乗馬に起源を持っており、ブレーキもペダルも本質的なパーツではない。

     

     1839年、スコットランド出身のカークパトリック・マクミランの自転車にブレーキが装備される。ブレーキがペダルよりも優先されて自転車に組みこまれたというわけだ。1861年、フランスのピエール・ミショーがペダルを付け加えた自転車「ミショー」を考案する。以後、自転車は工芸品から工業品へと発展していく。近代的な工業製品としての最初の自転車は巨大な前輪で知られる「オーディナリー」である。速度が格段に大きく、スピードの魅力を人々に印象付けている。貴族のみならず、一般にも普及したが、操縦が難しく、このモデルがこれ以上発展することはない。代わって、チェーンを用いて後輪を駆動することで、大きな車輪を不要とする現在につながるタイプが登場する。1885年、イギリスのジェームズ・スターレーが安全性の高い「セーフティー」を開発し、自転車は市民権を完全に獲得する。

     

     このように歴史を遡行すると、自転車の本質的な構造は前後に並んだ車輪の上にサドルとハンドルが組まれたものであって、ペダルはブレーキの後に装備された周辺部品であることがわかる。ペダルのないドライジーネの頃は、特訓もせずに、自転車に乗れるようになっている。初心者でも、ドライジーネのように、ペダルをこがなければ、すぐに乗れる。足で地面を蹴って、自転車のバランス感覚を体得すればよい。

     

     自転車の運動学習の難しさは、バランス感覚が記憶できでいないのに、ペダルをこぐことにある。それを体得していれば、ペダルをこぐ動作を始めても、転倒することはない。

     

     足で蹴れば、速度が上がるが、続けていないと、落ちてきて、ふらふらしてくる。自転車の場合、バランスをとるのが難しいのはこの低速の状態である。それを会得すれば、高速では走行が安定するので、困難はほとんどない。安全に走って、安全に曲がり、安全に止まる。これができれば、自転車をマスターしたと言える。

     

     この方法論自体は、NHKの『ためしてガッテン』を始め、すでに各種のマスメディア上で紹介されている。ペダルはつけていても外してもかまわない。邪魔なようなら、自転車とのコミュニケーションの妨げになるのなら、とり外せばよい。自分でできなくても、自転車屋に持ちこめば、簡単にやってくれる。最初は、地面に足の裏がつくくらいにサドルを低く設定しておく。これで転倒の危険性はまずない。

     

     ちょこちょこ蹴って身体を自転車に慣らさせる。徐々に両足ではなく、左右交互に蹴るようにする。力を入れて地面をキックすれば、速度が上がり、航続距離も伸びる。地面を蹴る間隔を次第に長くしていくと、低速でのバランス感覚が身についてくる。身体を左右に傾け、曲がる感覚を体感する。また、とまるではなく、とめる感覚も会得しておくことが肝要だ。

     

     バランス感覚が体得できたら、とり外した場合は元に戻し、蹴った足をペダルに置いてみる。それに慣れたらば、こぐ動作に入る。最初は進んでいる状態で軽く、次第に力を入れて速度を維持、さらに上昇させる。カーブやストップの感覚も身につける。身体を曲がりたい方に傾けると、自転車は自然とその方向へ進む。ここまでバランス感覚が体得できたら、もう卒業である。ただし、タイヤの空気圧やチェーンのたるみ、ライトなどの整備を十分に行い、乗車ポジションをその自転車にふさわしく調整することを忘れてはいけない。現代で快適に乗るには、自転車の進化の旅をさらにたどる必要がある。

     

     自転車の運動記憶をめぐる暗黙知だけでも、それを形式化しようとすると、脳科学や歴史研究、物理学、コミュニケーション論、心理学、人間工学などさまざまな分野とリンクしていることがわかる。学際化が進展する現代では、対象を考察する際に、それがネットワークとして形成されていることを前提とする必要がある。こうした総合的・有機的な創作は文学が本来得意とするはずだ。

     

     また、暗黙知の明示化は初心者を発見する。初心者はかつての自分自身でもある。文学者がしばしば「這般の奥義」を偏重するのは、卓越したものこそ尊く、月並みなものがとるにたらないという価値観に支配されているからである。しかし、初心者と熟達者が双方向の多様なコミュニケーションを行ってその領域の土壌が豊かになる。文学上の真の財産は傑作ではなく、そこにある。暗黙知を「這般の奥義」として語ることは、両者を断絶し、コミュニケーションを一方向=自己完結的にする。その時、土壌は痩せてしまう。暗黙知と明示知の繰り返されるループを回復すると、文化の土壌はおのずと活性化する。文学的遺産はそうした環境から生まれる。

     

    二人並んで自転車に乗れば

    緑の息吹きに小鳥も唄う

    ペダルかろやかグングン走る

    丘に登れば遠くに見える

    あんなに小さな僕らの村さ

    夢を語ろう 二人の未来

    君はあの夢 僕はこの夢

    (ゲルニカ『銀輪は唄う』)

    〈了〉

    参照文献

    坂口安吾、『堕落論』、角川文庫、1957

    (財)自転車産業振興協会

    http://www.jbpi.or.jp/

    自転車文化センター、「自転車の歴史」

    http://cycle-info.bpaj.or.jp/japanese/history/t_history.html

     

    フォリナー・トーク

    • 2012.02.28 Tuesday
    • 21:41
     

    日本語と英語

    Seibun Satow

    Feb, 22. 2012

     

    「言葉が風に種を播き、ペンが畝を起こす」。

    ジェームズ・ハウエル『外国旅行の手引き』

     

     2012219日、経済連携協定(EPA)で来日し、医療機関などで働いているインドネシアとフィリピンの候補者が看護師の国家試験に臨んでいる。08年、インドネシアから104人が第一陣として入国したが、滞在期限となる昨年度までに合格したのは15人にとどまっている。最大の理由は試験問題が日本語で記されている点である。一般の日本語人でも見慣れない漢字の専門用語が並ぶ。国内外から見識を問われた当局は、難しい漢字にかなをふったり、病名に日本語と英語を併記したりする改善を昨年から始める。

     

     合格者のあまりの少なさに、慌てた政府は条件を満たす人には1年の滞在延長を認める。今回の試験は、その第一陣としてやってきた27人にとって、最後の機会となる。

     

     この短期間でよく15人も合格したという印象さえある。日本語は文字の言語である。世界中の言語の中で文字習得が最も困難である。

     

     非ネイティブ・スピーカーが日本語を学習する最大の理由の一つは日本で死活するためである。日本語は彼らにとって生活言語として習得される。日本語教師はそれを前提にした学習カリキュラムに沿って指導する。彼らが日本で生活していて困らないように配慮されている。敬体を用いた会話中心である。構文読解や作文は最低限に抑えられ、後は必要に応じて個人の判断で発展させることになる。

     

     日本のアニマンガに関心があって、日本語学習を始める非ネイティブ・スピーカーも今では少なくない。アニメのセリフは言うに及ばず、マンガのネームやオノマトペも話し言葉である。話し言葉中心の学習であることは同じだと言える。

     

     日本語は、文字を除けば、比較的習得が容易な言語である。3週間も日本に滞在していれば、日常会話はかなりできるようになる。反面、文字の読み書きの会得は極めて難しい。日本語人でも義務教育修了で一般紙を読めるかどうかというレベルである。その文字習得を3年で済ませて専門職の国家試験に臨むなど並大抵の困難さではない。

     

     非ネイティブ・スピーカーにとって日本語は生活言語である。こうした国際環境の中で、日本政府が、言わば、仕事言語として日本語を見なしていることに今回のそもそもの問題がある。

     

     政府に限らず、もっとも、日本語人は必ずしも日本語や英語の国際社会における位置づけを認識していない。その一例が水村美苗の『日本語が亡びるとき』(2008)の2009年の小林秀雄賞受賞だろう。英語の世界にあって、書き言葉としての日本語こそ日本人のアイデンティティがあるというメッセージがこめられている。日本の識者がそれにすく赤らず賛同したというわけだ。しかし、この本には、生活言語と仕事言語の違い、あるいは英語が世界化するほどネイティブ・スピーカーから離れていく前提が欠けているからだ。

     

     英語は、現在、事実上の国際的な共通語、すなわち国際語と認知されている。共通語では特定の地域の方言・位相を優遇することは許されない。アメリカいやイギリスなどでネイティブ・スピーカーの話す英語はあくまでローカル・イングリッシュである。国際会議でのスピーチ・発言、専門誌の購読やそれへの投稿、グローバルな組織内の会話、電子メールを含むインターネットを通じた情報発信・収集などで用いられている英語は非ネイティブ・スピーカー間の意思疎通を目的としたコモン・イングリッシュである。生活言語ではなく、仕事言語である。それは普遍性のないレトリックは避けられ、文法に忠実である。

     

     共通語は、異なった言語を母語とする人たちとの間で意思疎通されなければならないから、できる限り、コンテクストに依存しないことが求められる。共通語は、そのため、書き言葉として受容・普及される。共通語の話し言葉は書き言葉のベースとなる言語である。

     

     共通語は書き言葉の役割は続けながらも、話し言葉としては亡ぶこともある。ヨーロッパにおけるラテン語がいい例だろう。

     

     ネイティブ・スピーカーのようになることを目的とした会話中心の英語学習は現代にまったくそぐわない。コモン・イングリッシュを読み書き中心に文法重視で学ぶことが望ましい。ネイティブ・スピーカーは言語ができる人であって、わかっているわけではない。彼らは、用法の間違いを見つけるのはうまいが、その理由を体系的に・有機的に説明することに必ずしも長けていない。ところが、非ネイティブ・スピーカーはその言語を理解しないと使えない。日本語と違い、英語は非ネイティブ・スピーカーにとって仕事言語である。それを踏まえていないと、英語の現代における意義を生かせない。

     

     主目的に限定すれば、今日の国際環境の中で日本語と英語の位置づけは以上のようになる。もちろん、日本語も英語も一枚和ではない。いずれも調べると、ヴァリエーションに富んでいることがわかる。その豊かさはめくるめく快感を与えてくれる。外国人に流暢な日本語で話しかけられているのに、カタコトの英語で返答してしまう「フォリナー・トーク」と呼ばれる現象などは非常に興味深い。

     

     しかし、外国人看護師にとって日本語習得は手段であって、目的ではない。EPAで受け入れを決めたのなら、世界の中の日本語を認識して、施策を講じて然るべきだろう。グローバル化はその言語の国際的な位置づけを明確にする。それは言語に対して自覚的・相対的な態度で接することを求めている。

    〈了〉

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