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    「タクト」の時代

    • 2012.07.28 Saturday
    • 15:44
     コミュニケーション能力の時代?
    Seibun Satow
    Jul, 27. 2012

    「千里馬常有而伯樂不常有」。
    『韓文公雑説下』

     毎年、経団連は企業を対象に新卒採用の選考で重視する点についてアンケート調査を行っている。2011年のトップは「コミュニケーション能力」である。これは、実は、8年連続の結果である。こうした情報により、就職活動に臨む学生の間でそれが注目されている。ネット上にもこの能力の認定や検定の講座が溢れている。

     能力は時代や社会によって要求ないし強制されるものだ。70年代、和文タイプの能力が事務職に求められたが、ワープロの普及した今日では見向きもされない。また、戦前の台湾で生まれ育った本省人は日本語を話せる。日本の植民地だったからである。

     「コミュニケーション能力」は今の日本社会が要請しているものであろう。2004年、厚生労働省が「コミュニケーション能力」を「就職基礎能力」の一つに挙げている。ただ、この「コミュニケーション」は定義が不明瞭で、何を指しているのか曖昧だ。ろくに定義もされないまま、無内容な言葉が流通することが日本ではままある。今回もそういう気分がある。そもそもコミュニケーションは幅広い概念である。その中には非言語コミュニケーションもあれば、アフォーダンスもある。

     コミュニケーション能力認定に「神経言語プログラミング(NLP)」を応用したカリキュラムを用いている講座もある。これはアンカリングやリフレーミングなど認知心理学の成果を採り入れたものである。この場合、コミュニケーション能力は、自分の意見を伝え、相手を説得する技術と捉えられている。

     これはコミュニケーション能力と言うよりも、「レトリック」、すなわち「弁論術」と呼ぶ方が適切である。レトリックは古典時代から研究されてきた由緒正しい学問で、近代に至るまで重要な教育科目とされていた自由七学科にも含まれている。自由七科は三つの「アート」、すなわち「学芸」と四つの「ディシプリン」、すなわち「学科」に分類される。トリウィウムは文法学・弁証論・修辞学、クワドリウィウムは幾何学・算術・天文学・音楽である。前者が同時代とは異なる可能性がある偶有的な事柄を扱うのに対し、後者はそれがあり得ない普遍的な事柄を扱う。

     レトリックの学習熱が高まっているとしたら、教育の伝統から鑑みて、決して論うべきではない。レトリックは人の心を動かす生きる知恵である。けれども、ソフィストが示しているように、しばしば口先の技術に陥りやすい。そこで、徳の裏打ちをするために、弁証論が必要である。他者との問答を通じて真理を探究する哲学が伴って、レトリックは内実のあるものとなる。今のレトリック向上の動向を問うとしたらの、ソフィストのマスプロに陥っていないかどうかという点だろう。

     レトリックも能力である以上、盛衰がある。第二次世界大戦直後の欧州、特に西ドイツで、レトリックが教育現場から追放されている。理由はファシズムである。ファシストやナチスはアジテーションとプロパガダなどでレトリックを駆使し、大衆を扇動している。現在では、ファシズムの手口を知ることが免疫につながるとして、レトリックを批判的に学ぶことが現場で復活している。加えて、メディア・リテラシーの観点からも、教育の対象になっている。

     また、第一次世界大戦後、日本でレトリックの必要性が強く説かれている。ベルサイユ講和会議に参加した日本代表団が無口だったことから、雄弁術の運動が国内で沸き起こる。中野正剛や永井柳太郎、松岡洋介などが雄弁家として頭角を現わしている。

     もっとも、今巷で言われている「コミュニケーション能力」はレトリックだけを指していないようだ。2012年7月21日付『朝日新聞be』において「『コミュニケーション能力』自信ある?」というアンケート調査の結果が掲載されている。そこで挙げられているコミュニケーション能力の内容は、レトリックに相当するもの以外に、理解力や意思疎通、協調性、共感力などである。それらをまとめるなら、この「コミュニケーション能力」は「交際術」と呼ぶ方がふさわしい。

     交際術も能力の一つであるから、歴史を振り返ると、流行した時期が見出せる。1788年、ドイツのアドルフ・F・V・クニッゲが『人間交際術』を刊行し、大ベストセラーになっている。18世紀後半、交際術が今の「コミュニケーション能力」のように人々の関心を集めている。

     近代以前、親父の仕事を息子が継ぐのが当たり前で、生まれた共同体で生涯を終えるものが大半である。交友関係も顔見知りがほとんど、お互いによくわかっている。ところが、近代に入ると、この状況が変容する。職業選択や移動の自由が認められ、見知らぬ人と出会う機会が増す。社会がコミュニティの集合からネットワーク化する。漠とした社会で、新たな事態に対処したらいいかを人々は求めるようになる。

     そんな時代背景の下で出版されたのが『人間交際術』である。見知らぬ人への声のかけ方や初対面の時の作法、自分を相手に売りこむ方法、ナンパ術などが記されている。それらはまさに今日の「コミュニケーション能力」と重なる。

     今、巷で「コミュニケーション能力」が関心を集めるのも、グローバル化の進展に伴い、異文化を含めた見知らぬ人と出会う機会が増えとことや第三次産業の比率の増大などが理由だろう。増加する未知の事態への対処法を「コミュニケーション能力」に求めている。

     実は、『人間交際術』が刊行された2年後の1790年、イマヌエル・カントが『判断力批判』の中で技術と理論を橋渡しする「判断力」を「論理的タクト」と呼んでいる。日本語で指揮棒を「タクト」と言うが、同じ単語である。ただ、ドイツ語では、他に、人間関係において相手の感情を察する繊細さや調和のとれたリズミカルさといった意味がある。カントは「タクト」を綱渡りの曲芸に譬え、技芸で働く知恵や状況の真っただ中で使われる技だと言っている。

     ヨハン・フリードリヒ・ヘルバルトは、カントの考察を受け、それを教育学に援用、養成法に取り組んでいる。しかし、タクトの達人がいたとしても、それはその人の経験や個性と結びついており、定量化や一般化が難しい。できることと言えば、核心となる諸要素の関係を見通しよく記した地図を作製することしかない。初心者はそれを片手に未知の世界を逍遥し、自らの関心や観点、すなわち「思考圏」に応じた独自の地図を描いていく。ヘルバルトはそう主張する。タクトの修練は「車輪の再発明」でもあるだろう。

     交際術はこのタクトのことである。書物に記されたことを模倣してみる。うまくいけば、そのまま蓄積され、そうでない場合は修正して再度試されるか、廃棄される。模倣の過程そのものが経験として知的財産となる。

     タクトは「力」と言うより、「才」である。母親が子どもの様子から学校での状況を察する。教師が生徒の様子からクラスの状態を把握する。注意深く観察し、気づいた情報から異変を察知することもタクトの一種である。タクトを磨く場面は至るところにある。いわゆる「コミュニケーション能力」は「タクト」のことであり、向上させようと思ったら、それを「力」ではなく、「才」だと認知して遍在する機会を無駄にしなければよい。「能力」は教える側にとって便利なもので、学ぶもののための考えではない。

     参考にする話はいくらでもある。ロッテ・オリオンズに在籍していた落合博満は、ある日、同僚のㇾロン・リーの体調が悪そうだと稲尾和久監督に進言する。稲尾は日本プロ野球史上最強の投手であり、「神様仏様稲尾様」と尊敬されたタクトの達人である。その人をしても主軸の異変に気づいていない。日本人に黒人の顔色の違いがわかるものかと監督が理由を尋ねると、三冠王はこう答えている。「肌のつやがいつもより悪いんですよ」。
    〈了〉
    参照文献
    鈴木晶子、『イマヌエル・カントの葬列―教育的眼差しの彼方へ』、春秋社、2006年
    アドルフ・F・V・クニッゲ、『人間交際術』、笠原賢介他訳、講談社学術文庫、1993年
    佐藤清文、『科学コミュニケーションと感情知』、2012年
    http://www.geocities.jp/hpcriticism/oc/scek.html
    佐藤清文、『車輪の再発明』、2012年
    http://www.geocities.jp/hpcriticism/oc/rw.html


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